不知火の夜は明けて

 名古屋駅西の本郷亭で夕食にラーメンを食べる。本郷亭は、基本的に濃厚なとんこつラーメンが主体の店である。考えてみればこれから向かう九州には、とんこつの元祖長浜ラーメンと、そこから派生した同じようにこってりとした味わいのラーメンが数多くある。別に今ここでとんこつスープのラーメンを食べる必要もなかったのではないか。食事を終えてからそう思った。

 2009年3月8日、日曜20時少し前。九州へ向かう夜行バス、その名も「不知火号」に乗り込むため名古屋駅までやって来た。バス乗り場となる名鉄バスセンターから少々距離はあるが、夕食にラーメンを食べたところである。ことによると食後にコーヒーを飲む時間も出来るのではないかと思っていたのだが、食事を終えてみると、思っていたよりバスの発車時刻が押し迫っていた。日曜日、この時間の名古屋駅前は、200万都市のそれとは思えないほどに人通りが少ない。そんな少々物寂しいムードの中、ナナちゃんの目の前にあるバスセンターに向かい、程なく熊本行きのバスに乗り込んだ。

 JRのものや名鉄のもの、これまでにも何度か夜行バスを利用したことはあったが、これほど早い時刻に名古屋を発つのは初めてのことである。大体は22時から23時に名古屋駅前を出るのが通例となっていた感じだが、それを思えばまだ宵の口のような時間の出立である。何しろ熊本は遠い。いつもならバスが高速走行に入る頃にはうとうと眠り始めるものなのだが、今回はそうも行かない。バス会社の側もその辺りは心得ているらしく、車内では乗客の暇を慰めるためにDVDの放映が始まった。ハセキョーさんが主演のドラマで、惚れた腫れたがメインテーマの話らしい。話自体にはさほど興味もないのだが、時折ハセキョーさんの濡れ場が挿入されるためについつい見てしまった。うまくしたもので、一話分が終わって間もない兵庫県淡後PAで消灯前最後の休憩となり、再発進後間もなく車内照明が落ちた。しかしハセキョーさんのセミヌードが災いしたのか、なかなか寝付けない。そして、ようやくうつらうつらとし始めたと思った頃、夜が明けた。

 計算上、バスは夜通し走り続けて熊本に到着したものと思われる。天気が良くないらしく、日が昇ってもどこか薄暗いような空模様だったが、車が熊本市の郊外を走っているところを見ると、すでに7時は回っているようだ。熊本は、以前の開聞岳登山旅行の時に通り過ぎたことがあるが、そこはそれ通り過ぎただけに過ぎないので、土地勘がまるでない。終点が近づいているのかどうかも分からないまま車に揺られていると、前回立ち寄った熊本城の天守閣が見えてきた。この前来た時にはなにやら工事中だった熊本城だが、どうやら御殿の復元工事が行われていたらしく、今では堂々たる御殿建築が天守の並びに建っていた。

 しみじみ歳月の流れを感じていると、終点に到着した旨の放送が入った。「不知火号」は名鉄と九州産交が共同して運行させているバスなので、JR熊本駅前には止まらない。熊本における発着場になるのは、熊本城近くの熊本交通センターである。そういえばこんな施設もあったなあと、懐かしく思う。

 前回はタッチアンドゴーの慌しさで熊本城を見学したが、敗因は市電を使わずに徒歩で熊本駅と熊本城の間を行き来したことにある。今回は時間に余裕を持つため熊本駅まで市電を使おうと思ったのだが、意気揚々と乗り込んだ電車の行き着いた先は熊本駅は熊本駅でも上熊本駅だった。熊本駅よりは一つ博多寄りの駅ながら、本来目指すべき場所とは全くの逆方向に行き着いたことになる。実に幸先の悪いスタートである。が、気を取り直し、今度はJRの列車で熊本駅へと移動。どうせ特急「くまがわ」号が出るまで時間がある。

 こんなことを言うのもなんだが、熊本駅は九州七県の県庁所在地駅の中でも最も地味な駅である。残念ながら外観も内部も駅前の街並みまでもが垢抜けない。都市としての規模は博多に次ぐはずなのに、あまりにも貧弱なのだから不思議なものである。改札に美人駅員のお姉さんがいたのがせめてもの救いか。しかし、駅ビル内に吉野家があったのは好都合であった。早速豚丼をかっ込み、今日一日の移動に備える。

 JR九州は、JRグループの中でもかなりがんばっていると思う。九州を走っている列車は、特急を中心に斬新でスタイリッシュなデザインのものが多く、「くまがわ」号もその例に漏れなかった。本数が少ないのでどんなロートル車両が来るのかと思っていたが、真紅のボディカラーがまぶしいお洒落な列車である。ヘッドマークこそ「九州横断特急」となっていたが。

 この「くまがわ」号、乗員による車内サービスも良い。どうもその雰囲気からして沿線住民の足となるべく運行されているものではなく、もっぱら観光客を意識したものなのかもしれない。検札に来るのも無愛想で慇懃無礼なおっさんではなく、サービス業従事者はかくあるべしというような、人当たりの良いお姉さんである。ちょうど新幹線の車内販売の売り子さんのようなムードだ。実際彼女らは車内販売も担当しているようである。さらにはサービスで飴までくれた。JR九州は顧客満足度の高い企業である。






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