御旗楯無2012

 二日目の立ち寄り先選定には紆余曲折があった。主戦場が山梨へとシフトしていく日とはなるが、直感的にはさほどの長距離移動にならなさそうにも思える長野から山梨への列車旅も、実は様々の制約を受けるため、自由度があまり高くなく、行動範囲もさほどには広められない。

 最初の計画段階では、もう一つの五稜郭・龍岡城、武田氏の狼煙ネットワークのハブとなった若神子城への立ち寄りも視野に入れていたのだが、つまるところ日程の都合で切ることになった。龍岡城は、函館五稜郭のように上空から見下ろす術がなく、従って星型を自分の目で実感することが出来ない反面、アクセスに使う小海線の列車本数の少なさゆえ、うかつに下車すると後の計画に与えるインパクトが大きい。そして若神子城は、ほとんどただの公園になっているという。今回強いて立ち寄る必要もないかと、そう判断した。

 大したことがないと、いつも腐している東横インの無料朝食だが、今回はサービス開始時間よりも早くに出発した。佐久平駅発7:05の列車に乗り込むことになったが、ロビーを出る時に味噌汁の匂いがするのに気づけば、いつもありがたがっていない朝食でも、後ろ髪惹かれる思いになるのだから不思議な物である。

 表に出てみると、天気は曇っている。本来なら、佐久の北方にその雄大な姿を誇っているはずの、浅間山の山体すら良く見えない。すなはち雲に隠れているからだが、もともと標高の高い場所だから空が低いのか、それとも雨を降らせる厚い雲が低空にまで下がってきているのか、そこは良く分からなかった。

 しばらく鉄道の旅を続ける。獅子吼城があったのは、現在で言う山梨県北杜市の山間部だ。武田氏の城郭網では、比較的近距離にある若神子城の方が重要なのだが、純粋に城郭遺構として見ると、獅子吼城の方が良好な状態を保っている。

 最寄り駅ということになれば、一応は日野春駅がそうなのだが、とても歩ける距離ではないため、韮崎駅からバスを利用することに。それも、山岳料金が発生しているのか、片道700円以上になる。

 バスに乗り込むや、ドライバー氏のささくれ立った態度に鼻白んだ。ひたすら「何たらバスではない」を連呼し、このバスが自分の目指す目的地を経由するかどうか尋ねた一見の客に対し、「だから何たらバスではない」と語気を荒らげて対応している。一見客にそれでは通じないような気がするのだが、ぴりぴりしたムードだ。私が下車したいのは孫女というバス停なのだが、そこに止まってくれるかどうか、これでは聞きにくいではないか。

 不安を残したままバスは走ったが、30分ほどして、どうやら孫女バス停にたどり着くことは出来た。そこまでは良かったのだが、バス停から獅子吼城登城口までの道で迷子になり、結局城は諦めることになった。どうしてもと言うほど熱望していた城ではないこと、今日のメインとなるのが何と言っても、武田氏にゆかりの深い寺である恵林寺と、事実上の滅亡の地となった景徳院だったというのが大きい。

 恵林寺は、甲州市にある。昔で言う塩山市だ。山梨県内と言えば、先の北杜市もそうだが、合併により結構地名が変わっているため、名前だけ聞いても何がなんだか分からない場所というのが多い。南アルプス市とか。

 恵林寺も、塩山駅からは微妙な距離感のある駅だ。約4kmほどなので、歩いて歩けなくもないのだが、路線バスの乗継がそこまで悪いわけではないため、駅前で少しバスを待った。バスに乗れば、せいぜい10分の距離でしかない。

 恵林寺は武田氏の菩提寺として知られ、境内には信玄の墓がある。信玄の墓は武田神社の近傍にもあるし、高野山にもある。また、その亡骸は諏訪湖の底に沈められたという伝承もあるが、近世以降の墓には埋め墓と詣り墓の二種類があったので、信玄本人は中世末から近世劈頭に物故した人物ながら、各地に墓があることをもって「どれが本物の墓か」と言う議論をするのは不毛というものであろう。

 そのほかにも、寺宝の中には孫子の旗など、武田氏ゆかりのものも多い。また、信玄の姿を模した物とも言われる武田不動尊もよく知られている。ただ残念なことに、私は家宝・楯無鎧を所蔵しているのも恵林寺だと思っていたのだが、現地ではじめてそうではないことが分かった。これは同じ旧塩山市の菅田天神社にある。なお、楯無と対を成す武田氏の家宝、御旗こと源氏の白旗も、甲州市内の雲峰寺が所蔵している。

 一つの寺として見た場合、伽藍や庭園は見応えがあり、宝物館などは興味深く見学することも出来たが、展示物の資料性は武田神社の方が高い。とは言え、これだけの物なら、下手に獅子吼城などに色気を出さずに、狙いをこちらに絞ればよかったかもしれない。見学が駆け足になったのが残念である。






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