■DATA
 経路
  前夜:名古屋−徳島(夜行バス利用)

  初日:徳島駅-阿波一宮城(路線バス往復) → 徳島駅-松山駅(JR四国高速バス利用) → 松山-八幡浜(18きっぷ不使用) → 
      八幡浜-別府(フェリー利用) → 別府交通センター-別府北浜バスセンター

  2日目:別府‐杵築 → 杵築‐別府大学 → 鉄輪-別府駅(路線バス利用) → 別府‐大分 → 大分‐豊後森 → 豊後森-佐賀
  18きっぷ利用区間運賃:4710円

  3日目:佐賀‐肥前白石 → 肥前白石‐大牟田-西鉄柳川 → 西鉄柳川-西鉄久留米 → 久留米-博多 → 博多-名古屋(新幹線利用)
  18きっぷ利用区間運賃:2760円
 通常時運賃総額(2・3日目):7470円

 乗り放題パスで賄えなかった交通費
  夜行バス運賃:4300円
  高速バス運賃:4400円
  各路線バス運賃:?円
  愛媛-八幡浜運賃:1180円
  フェリー運賃:3100円
  西鉄運賃:1290円
  新幹線運賃:11270円


 夜走る

 冬場に雪の降るところへ行こうという気にはならない。学生時代を金沢で過ごしたためだろうか。北陸三県に降る冷たい雨が雪に変わっていくのは大体年明け以降なので、年内いっぱいはさほどの積雪もないのだけれど、より北へと進めばその限りではないだろう。例えば、新潟や南東北のライン以北となると、冬の18きっぷシーズンでも、相当の積雪があるはずだ。必然的に18きっぷ旅の目的地から、これらの地域は外れることになる。山国である甲信や飛騨も駄目だし、山陰も危うい。活路は、関東・四国・九州に見出すことになる。が、関東は旅心を誘うものに乏しい。なんだかんだで四国・九州への旅に落ち着くことが多い。

 この冬の旅もまさにそのパターンで、徳島に始まり豊後水道を渡って、佐賀まで突き抜ける旅程を計画した。主だった立ち寄り先は、阿波一宮城、杵築城、別府地獄めぐり、角牟礼城、須古城、柳川城、そして久留米城である。これだけの場所を2泊3日で回る。例によって金曜の夜から高速バス・オリーブ松山号で名古屋を発ち、未明の時間帯に徳島に着くコースだ。初めての旅先ではない。これまでの経験では、しばしば夜明け前の徳島駅で寒さに震えたことのあるコースでもある。

 旅に出る前、その部分が気がかりではあったけれど、案ずるより産むが易しとはよく言ったものだ。今度の旅では、どういうわけか徳島駅の建物内がいつもより暖かだったような気がする。本物志向のお遍路の人なのか、シュラフを持参して駅の軒先で眠っている人もいたが、その辛さを思えばはるかにマシである。そんなことを思いながら夜明けを待ち、朝一番早いバスを捕まえて阿波一宮城に向かった。

 阿波一宮城は、城郭不毛の地であるという印象の強い徳島県において、一頭地を抜く格式を与えたい、そんな山城である。阿波守護小笠原氏が、この地の豪族であった一宮氏を滅ぼした後、同地の押さえとして築いたことに始まり、長宗我部氏に接収され、最後は蜂須賀氏の持城となるも、一国一条例にを受けてその役割を終えている。

 城は、東竜王山と呼ばれる山の支尾根上の、、鮎喰川を見下ろす一ピークに築かれていた。八十八箇所霊場の一つである大日寺や、その名が示すとおり一宮神社の至近に位置する。ちなみに、阿波一宮に比定される神社については諸説があり、この一宮神社が歴史的に正統と言えるかどうかについては論争がある。

 現在は、徳島市郊外の里山といった雰囲気で、山頂まではハイキングコースのようになっているが、さほど高度のある山ではない。その山頂付近には、いくつかの曲輪跡や、落ち葉などが堆積して不明瞭となりつつある竪堀、そして野面積みの石垣を備える主郭がある。総じて土木工事の規模の大きさを感じさせ、少なくとも土豪の城という印象ではない。使用された期間は短かったが、蜂須賀氏時代に大々的に手を入れられたのかもしれない。

 西日本の夜明けは遅い。朝日と言うにはいくぶんか高いが、黄麻を思わせる日差しが城の石垣を照らし出す中、次なる行動に思いを巡らす。今日は移動が長い。計画のすべては、城から徳島駅への戻りが第一歩となる。これに遅れると、今日の日程は苦しいものとなることが予想された。






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