久大本線

 大分駅周辺は、現在改築工事中のようである。駅前にあった大友宗麟像もどこかに行ってしまっており、いつぞやの上田駅で真田幸村像を見つけられなかったときの喪失感を思い出した。やはり大分でのさしこちゃんの影響力は見逃せない物があるらしく、彼女のポスターは方々に張られていた。そして、大分駅以外では特に見当たらなかったあたりは妙に律儀さを感じる。後日の「月曜から夜ふかし」で放送されていた、くまモンが熊本の物ではなくなってしまった問題とは好対照だ。また、駅のホームではなく、駅のコンコースを電車が走っていたのが印象的だった。その名もぶんぶん号。ぶんぶんは気動車のエンジン音のようでもあるが、豊後とかかっていたのだろう。

 12:53、大分駅を出発。久大本線に乗るのは初めてである。途中まで、以前豊後竹田駅まで行くのに利用したのがそうだと思っていたのだが、どうやら別路線らしい。ローカル線ではあるのだけれど、観光路線としての性格も強いのか、時折は瀟洒な雰囲気の駅も通過する。最たるものが由布院駅で、ここから見える由布岳は、今は雪をかぶってしまっていたが、機会があれば登ってみたいと思わせるには十分な、端正な姿をしていた。

 そして、この日最後の立ち寄り地となる角牟礼城の最寄り駅・豊後森駅も、小さな駅であるにもかかわらず、古民家か何かをモチーフにした凝ったデザインの駅だった。

 私が城跡を目指す場合、歴史事件の舞台としてアプローチする場合と、城自体が著名だったり良好な遺構を残していたりすることからアプローチする場合と、大別して2パターンがあるが、角牟礼城は後者の城である。それだけに、その歴史的背景については今もって良く分かっていない部分もあり、今ネットで調べてみても、その帰属勢力の変遷については詳らかでないサイトが多いが、どうやら、もともとはこの地の土豪であった森氏が築いたらしく、やがて大友氏の力が強大化してくると、その影響下に組み入れられたもののようである。勝敗は武門の常と言ったところで、一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった大友氏も、やがては薩摩の島津氏に追い詰められ、領内各所の属城を次々落とされていく事態となるのだが、角牟礼城に関しては、その際にも島津軍の攻撃に耐え切った堅城として知られる。

 地理的には玖珠郡玖珠町内にある標高577mの角埋山上に築かれていた。時間が限られている中、駅からやや距離があり、周囲との比高差も200mあまりあると、決して楽観視はできない山城攻めであったが、とにかく気持ちを奮い立たせ、その攻略に着手した。

 ところが、地獄めぐりの前段でわりと長時間歩いたのがここに来てこたえたか、その山麓部付近にある末廣神社周辺の坂を登っているうちに、足腰が萎えてしまった。それでなくても徒歩道の存在を見つけることができず(直下まで車道が延びているのでこれを辿れば城跡には着けるが、車用の道なので人が歩くには少々回りくどい)、許された時間の中での攻略が難しくなったため、今回は撤退することになった。

 その場では、次の九州旅行、例えば由布岳登山とか、いよいよ本格的に着手しようかと考えている阿蘇観光などに絡めて再訪するのも良いかな、などと思っていたのだが、後になって詳細に検討してみると、頭の中で思い描いていたよりこの地域へのアクセスが不便である事が分かり、長らくの宿題化しそうな案件ではある。特に鉄道利用を考えた場合、福岡側からのアクセスにさほどの労苦を伴わないと思っていたのに、やはり痩せても枯れても大分県内、今回わりと手間取った大分側からのアクセスの方が楽だと言うのが判明したのが痛い。まあ、車ならさほどの僻地でもないのだけれど。

 ちなみに、由来は良く分からないが、玖珠町は童話の里をもって任じているようである。だからかどうか、暮らしている人の人情が良いらしく、その辺の道を歩いているだけで見ず知らずの地元の人から何度も挨拶をされた。私などはそういうのに慣れていないため、即座に返事をできない非礼を犯してしまった。もっとも、見慣れない顔があたりの様子を伺いながらうろうろしていたことから、不審者だと思われていたのかもしれない。そういえば、何度かパトカーともすれ違った。

 ともあれ、人情の温かさは折り紙つきで、豊後森駅の駅員氏も、非常にさわやかな応対をする好人物であった。まあ私は18きっぷで乗り降りしているので、彼との複雑なやり取りは発生せず、他の乗客との受け答えを横で聞いていての印象なのだけれど。

 久大本線は、豊後森・日田・久留米のラインの間の接続が良くないようである。適当なところで城攻めを切り上げた豊後森駅では1時間ほどの待ち時間を過ごし、やがてたどり着いた日田駅でも乗り継ぎ待ちのために30分程度の空き時間ができた。そこから久留米・鳥栖と乗り継いで、宿の予約をしていた佐賀市へ。ついに泊まったことのない県の一角を切り崩したわけだが、予約していたAPAホテルは、もともと質素な都市である佐賀市内の中心部からJR佐賀駅を駅を隔てて反対側にあったため、周囲には本当に何もなかった。是が非でもとんこつラーメンを食べたいと願う中、一応駅裏にラーメン屋があったことから、その悲願のみは達成できたのが救いである。






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