駆け抜けて妙高

 長野駅に着いたのはちょうどお昼過ぎのことだった。これから12:41まで30分以上の待ち時間が発生する。オリンピックを期に大々的な整備が行われたらしい長野駅の駅舎は、かなり瀟洒で大掛かりなものなのだけれど、ホーム側に食事を取れるような設備が無いらしい。この駅にはやはりオリンピック遺産の一つである長野新幹線も停まるのだけれど、聞くところによるとこの新幹線が完成「してしまった」影響で佐久方面に向かう在来線がJR東日本から別の私鉄へ移管されることになったらしい。要するに、長野から佐久の間あたりまでは18きっぷ不毛の地なのである。今回の旅に関して少し当てにしていた佐久在住の旧友・マスターの家に向かうには、乗車券と新幹線特急券から買いなおさなければならないのだ。それが嫌なら山梨県側に回りこみ、八ヶ岳の東麓を通って佐久平に入らなければならない。まあ、今回はマスターの助力を得ることが出来なかったのでどうでもいい話なのだけれど、どこかアンバランスな発展の仕方だ。

 そばの本場でありながら、駅ホームには付き物の立ち食い蕎麦屋も無い。想像よりはずっと蒸し暑いホームにいても仕方がないので、「途中下車」(18きっぷ旅でこう表現するのもおかしいが)して駅ビルの方に向かう。もっとも、長野駅の構造を正確に把握しているわけでは無いので、レストランだ土産物屋だがあったあの建物を駅ビルと表現するのが正しいのかどうかはよくわからない。

 結論から言って、長野駅に入っているテナントの中には「これぞ長野」といえるようなものが無かった。日本各地の都市で進んでいるらしい没個性化の傾向は、ここ長野でも進んでいるのだろうか。結局はコンコースの一角に簡素な屋台を出して営業していた「おやき西澤」でおやきを買う。おやきはもともと農作業中のおやつなんかとして作られるようになったもので、スナック感覚の簡単な昼食にはちょうど良い。ご当地名物化した現在では餡にも様々なバリエーションが発生しているのだけれど、野沢菜だとかかぼちゃだとかなすだとか、大体は山家ふうの素朴な素材が中身に選ばれるようである。今確認してみたところ、前回私が長野に来た時は善光寺参道で野沢菜とあんこのおやきを買ったようだが、今回はしいたけとあんこを買った。あんこはまああんこである。しいたけの方は実際には醤油で味付けした大根切干の中に香りつけ程度にしいたけの切り身が入っているものだ。名前倒れの感が無いでもないが、味は悪くない。「西澤」のおやきは、今まで食べてきたものに比べて皮の部分がかなり厚くもちもちしているような気がするのだけれど、皮自体にも甘味があって別段マイナス要素にはならなかった。強いて言えば冷めているのが難だったのかも知れないが、盛夏の昼時にアツアツのおやきというのも厳しいものがあっただろう。

 長野からは信越本線に入り、妙高5号で春日山までを行く。中津川からここまで、まさにワンマン列車という趣の列車で来たのとは対照的に、この妙高号は山奥を走り抜けるにはえらく立派な仕様の列車である。大体、「妙高」などという名前が付いているあたりはまるで特急列車のようではないか。妙高高原といえば名うてのリゾート地である。事実上単なる乗車券でしかない18きっぷで乗り込んでしまったまでは良いが、もしかしたら検札の時に車掌から怒られたりする羽目になるのではないだろうか。前もって18きっぷで乗って良い列車なのかどうか確認したかったのだけれど、そのチャンスを得る前に列車は走り出してしまった。ええい、ままよ。あとは野となれ山となれ。

 しかし長野駅を出た直後こそはキセルまがい乗車を車掌に叱られるのではないかと戦々恐々としていたものの、間もなくそれが杞憂に終わりそうだと気付いた。この妙高、律儀に各駅停車していくのである。鈍い行程、まさしく鈍行。足の遅さが気になりだすと、今度は列車そのものがロートル車両のように思えてくる。だんだん空調の悪さも気になりだした。機械の不調か、鈍行だからと乗客を軽んじているのか(さすがにそれは無いだろうが)、車内が微妙に蒸し暑いような気がする。走行中の列車内というシチュエーションから、プロシュート兄貴のスタンド攻撃を連想してしまう。そのうち電車ではなく乗客の老化が始まるのではあるまいか。

 妙高5号は、黒姫、野尻湖、その名が現す妙高高原など、多くの有名観光地の遠くを走り抜ける。私は車中でいつものMAXマップルを広げて(車内で時刻表を広げるのは鉄道マニア、ロードマップを広げるのは国道マニアである)、観光地が連続する長野新潟県境地帯の風景に期待していたのだが、信越線の車窓から見えるのはどうということのない雑木林と田舎町の風景ばかりだった。いつか再びこの地に戻ってきて、ナウマン像博物館なんぞに立ち寄ってみたいものだ。このあたりを走る18号線だとか、山を隔てて一本西側の白馬村を通る147号線だとか、なかなか魅力的な国道群にも食指が動く。

 早出の反動でいつしかうつらうつらとしてしまった頃、春日山の駅についた。時間は14時を少し回っていた。そして、かなりの強行軍で春日山城見学を終え、再び駅に戻ったのが16時頃。春日山駅は辛うじて無人では無い程度の小さな駅ながら空調の行き届いた駅舎が存在しており、思いのほか快適だった。まあ、夏場はともかく冬場などはこういう駅舎がなければ利用客の命に関わりそうだ。それから16:16発の直江津駅行きに乗り、5分程度で一つだけ北側にある直江津駅に到着。直江津から富山方面に向かう列車に乗り継ぐまで、空白時間は50分ほども発生してしまう。乗り継ぎ駅とは言え実質的にほとんど何もないこの駅で過ごす退屈な50分は苦痛ですらあったが、ここから始まる北陸線の旅が数々のハプニングに彩られたものとなろうとは、そのときの私が知るよしもなかった。






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