青く果てない空の片隅で

 いよいよやって来た開聞岳登山の当日。前夜は十分に睡眠を取り…とは行かず、浅くまどろみながらの夜明かしとなった。起きているのか眠っているのかさえもはっきりしないまま時間は過ぎ、それでもどうやら完全に目が覚めてしまったのが午前3時頃のこと。ここから二度寝すると本格的に寝坊することになりそうな気がしたので、そのままもう一度眠りにはつかず、風呂に入って目を覚ますことにした。もう少し金を積めば仮眠室を抑えることができ、そうなればモーニングコールなりなんなりがあったような気もするが、貧乏旅行者の身の上ではあまり贅沢も言っていられない。

 鹿児島中央駅に入ったのは四時半頃のことだ。クリスマス向けと思しきデコレーションも、ひとまずはイブを乗り越えて静かな寝息を立てているようだ。30分あまり後に始発を控えて駅の建物はすでに開いており、電光掲示板などのシステムの方も少しずつではあるが動き始めているようだった。もっとも、人の気配はほとんどなかった。待合室もまだオープンしていない。たまに連絡橋代わりに駅構内を右から左へと通り抜けていく人がいたぐらいだ。ここまで名古屋、京都、大阪、博多と大きな駅をいくつか通り過ぎてきたが、それら駅に比べると鹿児島中央駅は相対的に規模が小さく利用者も少ないため、こんな早朝からうろつく物好きもいないのだろう。それは良いのだが、駅員の姿も見当たらない。改札口は全開になっており、何食わぬ顔してホームに入り、そのまま電車に乗り込めばそのまま通用してしまいそうだが、そういうわけにもいかない。どうせ18きっぷを利用するのだから、在来線に限って言えば改札などあって無きが如きものだが、それでも入鋏を済まさないことには大手を振って電車に乗ることはできない気がする。そういう事情もあって駅構内をうろうろしていると、やがて改札付近に駅員が姿を見せた。ようやく入鉄を済ませ、ホームの方へと進む。もっともホームに進んだところで何があるというわけでもなく、駅舎の中よりも過酷な吹きさらしの環境の中で5:03発の指宿行き列車を待つことに。

 南へと走る指宿枕崎線の車中からは、左手に錦江湾と桜島の姿が望めるはずである。なんとなく期待して左側の座席に陣取ってみたのはいいものの、やはり夜明け前。時間が時間なので窓の外にはぬばたまの闇が広がっているのしか見えない。むしろ車内照明の関係で窓には自分の間抜け面が窓に反射しているのばかりが目に付き、早々と車窓風景の鑑賞は諦めた。それにしても驚きだったのが、これだけ早い時間なのに高校生風の学生が電車に乗り込んできたことなのだが、やがてそんな疑問さえも忘れさせる強烈な睡魔に見舞われ、乗換駅の指宿までは眠りこけることに。

 6:06指宿駅着。4分間のインターバルを置いて今度は枕崎方面開聞町に向かう。指宿から開聞までは枕崎行きの普通列車に乗り換えて6駅。それにしても昨日から気になっていたことなのだが、鹿児島では時計の針が午前6時を回る頃になっても一向にあたりが明るくなる気配が無い。それどころか、「夜明け前が一番暗い」の言葉どおり、周囲の闇が一層その濃さを増しているのではないかと思えるほどだ。結局6:35に開聞駅で下車する段になってもあたりは真っ暗なままだった。

 ここまで乗ってきた列車はいわゆるワンマン列車だった。小さな駅では降車の客は車掌にきっぷを差し出すなり、料金を払うなりしなければならないシステムだと思うのだが、私が開聞駅に降り立とうという時、乗務員は私の存在対してさほどの注意を払っていなかった節がある。もちろん18きっぷを使っての移動なのでキセル行為でも何でもないのだけれど、何らかのアナウンスがあるのではないかと身構えていただけに拍子抜けしてしまう。というより、真っ暗な無人駅に一人で降り立つその行為には、寂しさを通り越して恐れさえも抱かざるを得なかった。

 開聞駅は、本当に開聞岳登山のために存在しているような立地の駅だ。もっとも、「百名山」だともてはやされるようになったとは言え、年がら年中多くの登山客がやって来るわけではないし、現在では登山客の中でもかなり多くの人たちはマイカーによるアクセスだろうから、そう考えると利用者数は辺境の駅に毛が生えた程度のものでしかないのだろう。開聞の駅は、本当に小さな駅だった。明かりが無いので周囲の様子がひどくわかりづらかったが、駅前には小さな公衆トイレがある他これと言って何もなさそうだ。開聞岳登山口への道順は事前調べをし、メモをとり、前日までに頭の中へ叩き込んできたのだけれど、これだけ暗いと道しるべとなる役場や中学校と言った施設さえも見落としそうで非常に心もとない。夜明け前の暗い道をおそるおそると進む。気がつけば時刻はすでに7時を過ぎていたのだけれど、それでも辺りは薄暗い。2合目登山口までたどり着いた時点ではまだ夜が明け切っていなかった。このまま本格的に登山道に入り込んだら大袈裟ではなく遭難する恐れがある。2合目付近にはコインロッカーやシャワーなどを備えた登山者向けの施設が設置されているようだったが、さしあたって今の私には関係がなさそうだ。そうして、昇る朝日を確認したところでようやく先へと進んだ。

 「百名山登山ガイド」のような本は複数の出版社から何種類か発刊されているのだけれど、普通開聞岳はハイキング山のような紹介のされ方をしている。海面近くから一気に登る形になるとは言え、開聞岳の高度は900mほど。確かに理屈の上ではその行程・登山時間ともたかは知れていることになる。しかし実際に登ってみると、あまり甘くは見てかかれない山のようだ。特に、上の方まで登っていくと登山道は岩剥き出しの険しい道になる。岩場の道は人為的に作られたものではなく、おそらく自然石が積み重なったであろうものなだけに、その上を歩いていくうち何かの拍子に崩れてしまいそうな不安に駆られる。頂上近くなどは岩登りの様相を呈してくるほどだ。これだけの山に、ジーンズにダッフルコート、靴はスニーカーと言う街歩きも同然の装備で挑んだのは不覚だった。背中のリュックにしまいこんだ九州、そして関西のロードマップはこの状況下では完全なデッドウェイトでしかない。2合目のコインロッカーを有効活用すべきだった。

 予想外の苦戦を強いられながらたどり着いた山頂。驚いたことに先客がいた。私も朝一番で山に入ったし、しかもかなりのハイペースで登ってきたはずだから、彼はおそらく夜が明ける前から入山していたのだろう。彼の方も私と似たような感覚は持ったらしく、お互い少しばかりのバツの悪さを感じていたようだったが、やがて彼の方が下山の途につき、開聞岳山頂には私一人が取り残された。山頂からはすぐ北にある池田湖はもちろん、南は太平洋に浮かぶ屋久島の姿を望むことができると聞いていたのだが、私の登頂時山頂には雲がかかっており、残念ながら一切の展望がきかない状態だった。






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