まだ描き続けたい未来がある

 やはりムーンライトの乗り心地はあまり良くない。行きと違って隣のシートに誰かが座るということはなかったのだけれど、音と振動は結構気になるレベルで、少なくとも、何時間もぐっすりと眠れるような環境ではない。電車に乗っているとしばしば体験する、「いつの間にやらうとうとと」程度の浅い眠りが断続的に続き、しっかりと熟睡したという充実感は得られそうに無い。

 そんな半睡眠半覚醒状態で岡山の駅を通り過ぎる。ムーンライト九州は上りも下りも岡山駅が日付の変更駅となるようで、18きっぷのシステムに沿えば、この駅を迎えたあたりでその日最初の入鋏を済ませなければならないはずである。私も、車掌の車内巡回の時に入鉄をしてもらおうと思ったのだけれど、その車掌が待てど暮らせど姿を現さない。気を張って起きていなければならない時間が長くなるにつれ、皮肉なことに頭は次第にさえてくる。この分だともう一度眠りにつくのは少々厳しいかもしれない。

 もちろん、起きているからといって何もすることはない。あれやこれやと他愛もない妄想の波に身をゆだねるばかりだ。しかしそんな中で、ふと今日これからの日程に対する疑問が頭をよぎった。このまま行けば、大阪には7時前に着く。そこから名古屋にまっすぐ帰った場合、名古屋駅着は9時を少し回るぐらいになるはずだ。18きっぷの費用対効果の点で言えばともかく、時間の使い方としては非常に無駄が多い。このまま直帰するのももったいない。この早い時間帯に関西圏にいられるアドバンテージを何とか生かせないものか。

 一つ、妙案が浮かんだ。兵庫県でも中北部あたりに竹田城という城跡がある。戦国の山城で、もちろん天守閣などが残っているわけではないのだけれど、山上、十重二十重にめぐらされた石垣跡が非常に印象的な城で、好事家の間では名城としての誉れも高い。もちろん私も一度は行ってみたい城の一つだったのだけれど、名古屋からだとアクセスに難のある場所であった。18きっぷを使えば格安で出かけることはできる。しかし、日帰りで計画するとかなりの強行日程になる。さりとて、1泊するほどでもないという、帯に短くたすきに長い距離なのだ。未明のこの時間に岡山付近にいるのならば、竹田城への寄り道はちょうど都合が良いかもしれない。地図や時刻表と首っ引きで確認してみると、瀬戸内海沿岸を東西に走る山陽線から北の日本海方向に抜ける播但線という路線が、この先の姫路駅から伸びており、竹田城はその播但線沿線にある。

 こうして、帰路は最後までムーンライトと行程を共にすることなく、姫路で途中下車することになった。結局、下車の時まで入鉄は行えなかったため、姫路駅の改札で今日12月26日の日付を入れてもらったが、職員の態度は高圧的であまり印象が良くなかった。キセルまがいの客だと思われたのならそれはそれで仕方がないのかもしれないが、ムーンライト号の発着直後に現れた客が、当日日付の入っていない18きっぷを差し出したのなら、目くじらを立てるほどの事情など無いことは分かりそうではないか。

 ともあれ、姫路駅を出る最初の播但線列車に乗り換える。意外なことだが、始発だというのにちらほらと乗客の姿が見受けられる。中には学生服姿の若者もいたりして、世の中には勤勉な学生もいるものだと感心させられる。

 播但線が走るのは、地図には旧但馬街道と記される国道312号線近くの谷筋だ。但馬街道ともつれるようにして北上していく。途中には銀山で有名な生野があり、今回目指す竹田もあったりするのだけれど、路線沿いに目立った観光資源はなさそうである。ずっと走っていけば城崎温泉もあるのだが、今回の私の目的を考えると、竹田から一つ二つばかり北に行ったところにある和田山から、東の福知山を目指して帰路に着くことになる。さしあたって竹田近くまで眠っていっても問題はなさそうだ。乗り過ごしさえしなければ。そういう油断があったためか、ついつい眠りこけてしまい、本当に竹田が近くなるまで眠り呆けてしまった。

 目が覚めると、夜もすっかり明けていた。と、同時に愕然とする光景が眼前に広がっていた。真っ白、一面真っ白なのである。吹雪くほどではないが、雪は結構な勢いで、現在進行形で降り続けていた。考えてみれば当然のことなのだ。南国鹿児島に半世紀振りという記録的な雪が降り、ホーム名古屋も例年にない降雪に混乱しているような、そんな時節なのである。中国山地の東端付近、もともと雪の多い山陰地方に隣接する山間の地域に雪が降っていないはずが無い。もちろんそんな雪の最中に山城・竹田城になど登れようはずも無く、竹田の駅まで行っては見たものの、今度こそは無理押しすれば本当に遭難する恐れがあったので、車内から一歩たりとも外に出ることなく、素通りしただけで終わった。まあ、下見程度にはなったはずである。竹田の駅を降りてすぐに城への案内看板もあり、飛び込み同然でやって来ても道に迷うことはなさそうだ。それが分かっただけでも収穫か。

 和田山の駅で福知山方面へ向かう電車に乗り換え、福知山から先はさらに京都を目指す電車に乗り換える。福知山まで来ると青空が広がっていたが、寒さはとにかく厳しかった。もちろん街は雪に覆われていた。寒いのは鹿児島も同じだったが、やはり雪があると寒さも直感的に伝わってくる。チューリップの歌みたいだが、昨日の今ごろは南の南・指宿周辺を移動していた。ともすれば小さな島国だとばかり思えてしまう日本も、こうしてみると一口では言い表せない多様性を持った国だというのが実感できる。私はおそらく、まだそのほんの一部についてしか知らない。いつの日にか、そのすべてを見聞し尽くしたい。雪の名古屋を発ち、本土の南の果て鹿児島まで走り抜け、今再び雪の山陰路に巡り来て、そんなことを思った。






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