秘境祖谷渓探訪

 翌朝は例によって例のごとく高松駅発の始発列車に乗る。昨夜から分かっていた事だが、高松駅の設備は少々貧弱だ。コンビニ等が併設されているわけでもなく、いやに風通しの良いコンコース内で乗車予定の電車が到着するのを待つ。腹は減るのだが適当な食べ物も手に入らない。

 今日はいよいよ高知まで移動する事になるのだが、高松から高知まで一足飛びに移動することは出来ない。土讃線に揺られてひとまずは徳島県三好郡池田町にある阿波池田駅まで進む事になる。昨日行った琴平からは山を一つ二つ越えたところにある山間の駅だ。地図からだと、池田町自体が吉野川の流れによって穿たれた谷間の町のように見える。阿波池田から川伝いにまっすぐ東へと下っていけば徳島市に出る。高知に向かう場合は吉野川の源流を求めるように、さらに山奥に当たる南の方へ進まなければならない。

 朝早いので早速うつらうつらとし始めたのだけれど、阿波池田駅までの移動は思いのほか速やかに終わった。小さな駅なのだが、意外と多くの乗客がここで列車を降りる。田舎の駅らしく、近くにはコンビニなども見当たらないが、駅舎に隣接してその名もずばり「ちゃみせ」という喫茶店があった。この駅にはキオスクもあってスナックや手弁当程度なら買うことも出来るが、温かい朝食を食べたいのならここしかないだろう。一体どんなものが食べられるのかキオスクとはかりにかけるように「ちゃみせ」の様子をうかがう。どうやらその名にたがわず、和食関係も充実しているらしかったので中に入る事にした。暦の上では4月に入ったとは言え、朝早い時間はまだまだ寒かったのだ。

 とりあえず店内に入って一心地ついたあと、おもむろにメニューを検討し始める。定食屋と喫茶店を折衷したようなメニューだが、その中には幸いうどんがあった。昨夜食いっぱぐれた事もあってうどんに飢えている。ただし讃岐うどんが謳われているわけではなく、単なる肉うどんである。駅名からも分かるとおり、ここは阿波の国である。「阿波踊り」の阿波だ。讃岐ではない。それを考えるとこの肉うどんは正当な讃岐うどんではない可能性が極めて高い。むしろこの店の売りは、そばらしかった。「祖谷そば」と呼ばれている。読み方はおそらく「いやそば」で間違いない。特徴的なのはむしろその見てくれである。写真があったのだけれど、その写真からだとかなりの太麺に見える。比較対象となるものがないので良く分からないのだが、それこそうどんと同じくらいに太い。今にして思えばこんな強烈なそばは食わずにはおれないような気がするのだが、その時は一夜越しの因縁もありつい肉うどんをオーダーしてしまった。冷静に考えれば、「讃岐うどん」と呼ばれるものは名古屋でも食べる事ができるが、「祖谷そば」はなかなかお目にかかれない。

 祖谷は日本屈指の秘境として知られる。「祖谷そば」と一くくりにしてしまうとイメージがわきにくくなるかもしれないが、祖谷渓の地名は有名だろう。かずら橋のある渓谷地帯である。大歩危小歩危もまた有名だし、平家落人部落でも知られている。実を言うと大歩危小歩危には20年近く前に来た事がある。おそらくその時に阿波池田の駅にも来たことがあるはずだ。当時はまだ瀬戸大橋も完成しておらず、小さなプロペラ機で大阪近郊のどこかの空港と徳島空港とを行き来した記憶があるが、大歩危小歩危の観光を終えた頃になって帰りの電車に乗り遅れた事が分かった。次の列車はいつ来るか分かったものではない。となると芋づる式に飛行機便にも間に合わなくなるため、たまたま捕まえたタクシーのおじさんを急ぎに急がせて遅れを挽回する事になったのだけれど、その時電車に追いついた駅が阿波池田の駅だったような気がするのだ。20年前の祖谷は、今以上に山深い、まさに大秘境だったのである。

 21世紀の祖谷地方はどうなっているのだろうか。現在では日本最後の秘境と言われた白川郷も世界遺産に登録され、車で容易に行き来できるようになっており、その現状は推して知るべしなのかも知れぬ。阿波池田の駅で小一時間も待たされた後に到着した高知行きの列車は、ワンマンタイプのディーゼルカーで、その点では今も田舎の基本をきっちり押さえているといえる。

池田町から先、高知県香美郡土佐山田町までは、土讃線は国道32号線と並んで延びている。縮尺の小さなロードマップで見ると、紙面いっぱいに広がる等高線の中に32号線とJRの線路、そして川が延びており、その様子は隠れ里の名に恥じない。途中にある駅は軒並み無人駅だ。車窓からは渓谷地帯の様子が良く見える。この道すがらでは、できることならば平家落人の里など行ってみたかったのだが、鉄道でのアクセスは不便すぎるので今回は割愛せざるを得なかった。香美郡といえば民間信仰としていざなぎ流の祭祀も伝えられており、これも興味深い。いつか機会を見つけて再訪したいところだ。

 四国山地の秘境地帯を抜けたところにある新改(しんがい)駅ではスイッチバックが行われる。ここでまたずいぶん待たされる事になったが、線路沿いの桜を見たりしながら時間をつぶす。阿波池田からここまで1時間強で進んできた。新改まで来ると高知平野まですぐそこのようにも思えるのだけれど、ここから高知駅まで、さらに1時間ほどの移動を必要とした。






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