土佐を駆ける

 桂浜と言えば何をおいても坂本先生の像なのだが、その他にも水族館や土佐闘犬センターといった施設もあるらしい。数多くの観光客を迎えるためにか、駐車場はかなり広めに作られている。私も、その駐車場の片隅に自転車を停めさせてもらった。場所が場所だからか、他に自転車はほとんど目に付かない。桂浜(龍頭岬周辺)は、陸の孤島とまでは言わないが、自転車でのアクセスには不向きな観光地である。何しろ道中のアップダウンが激しい。

 ここに来るまで思いの他に疲れたので、現地で買った缶コーヒーと、実は阿波池田駅で買ったまま温存していたカツサンドと言う取り合わせで昼食をとることにした。桂浜近辺には、高知らしく鰹のたたきやクジラの肉を売りにしたらしい食堂もあるが、やはり観光地価格である。それらはスルーして、できるだけ眺めの良い場所探してベンチに腰掛け、浜全体を見下ろしながらの昼食となった。浜では近くの学校の運動部か、近所で活動しているスポーツクラブのメンバーと思しき少年少女が走り込みをしている。遠くからは、水族館のショーのものと思われるアナウンスも聞こえてくる。それにしても天気が良くない。この調子だと観光案内所のおじさんの言うとおり、そのうちに雨でも降り出しそうである。早めに高知の中心市街にまで戻った方が良さそうな気がする。

 コーヒーでカツサンドを流し込むように飲み込むと、浜までは降りずに今来た方へと引き返すことにした。実を言うと、もともとそれほど来たかった場所ではない。せっかく高知まで行くのだから定番スポットの一つにでも行ってみようかと言う感覚で来ただけの場所である。それでもはりまや橋に比べればずいぶんと見ごたえがあるが。

 帰りがけに坂本先生の像を拝見。高知の人は何と言っても坂本龍馬が好きらしい。何しろ新空港の名前が「龍馬空港」と来たものである。これが名古屋となると「セントレア」となり、挙句「南セントレア」などという珍妙な名前の新自治体を立ち上げようとする動きにまで発展する。どちらのセンスの方がよりスマートなのかはよく分からない。ところでこの龍馬だが、像自体はさほどの大きさではないのだけれど、台座部がかなり高く、まさに偉容と表現するのが相応しい出来だ。日本の夜明けは近いぜよ。

 当初の予定は消化したので、あとは速やかに帰ることにしようか。そう思っていたのだが、土佐闘犬センターは結構気になるスポットであった。結局入場はしなかったのだけど、戦うために生まれてきたような、土佐犬のあのごつい肢体を一度くらいはまじまじと見てみたい気もした。以前散歩中の土佐犬に襲われた人が命を落としたという事件はなかっただろうか(もっとも、人間に乱暴狼藉を働いた土佐犬が金属バットで撲殺されたと言う話も聞いた事があるから、要は戦い方次第なのかもしれないが)。考えてみれば私は、土佐犬の実物をまともに見た記憶がないのだ。センターの壁面には、勇壮な横綱犬のどアップがペイントされている。

 歩いていて気がついたのだけれど、近くのお土産屋の一角に「こじゃんとおいしい、アイスクリン」の宣伝文句が。「こじゃんと」とは、「しっかり」とか「とても」とか、程度のはなはだしい事を意味する土佐弁である。以前からたまに「こじゃんと来るっち」などと使われているのを聞いた事がある。しかし、はて、アイスクリンとはなんだろう。おそらくアイスクリームのこと(もしくはその亜種)だろうが、どうも高知名物と言われるだけのもののようである。寒いと言うわけではなく、といって暑いわけでもない微妙な気候ではあるが、話の種に一つ買い求めてみようか。そう思ったのだけれど、たまたま売り子の姿が見当たらなかったので今回はあきらめる事にした。今調べてみたところ、アイスクリンとは日本に最初に入って来た頃のアイスクリームの製法を受け継いだ氷菓子のようだ。アイスクリンは現在で言うアイスクリームよりもシャーベットに近いものらしい。

 アイスクリンは少々名残惜しいが、空が今にも泣き出しそうだったので、高知駅へと急がなければならない。ただし、一箇所だけ寄り道したい場所があった。「七人みさき」の怪談にゆかりのある場所・吉良神社なのだが、これがどうも小さな神社らしく、なまじの地図には表記すらされていない。もちろん、この旅に携行したいつものマップルには吉良神社のことなど書かれていようはずもなく、事前に調べておいたおおよその場所に向かうためにこれを参考にするにとどまった。そして、大方予想していた事なのだけれど、縮尺の大きい地図を頼りに見知らぬ土地を走り回って都合よく目的の場所にたどり着くことなどできず、結局は高知市から隣接する吾川郡春野町に大きく回り道をするだけの結果に終わってしまった。一応ここまではたどり着けたんだけど、つまるところは無駄足に終わったのである。

 難儀だったのはそこから先で、地図を見ると主要地方道37号線(高知春野線)を道なりに行けば高知の中心部にたどり着ける事になっているのだが、地図の指し示す方向を見やると、まごうかたなき山壁がそそり立っている。それでも往路まで戻るよりは迷子になる確率も低いだろうと思い、37号線北上コースを採用したのだが、このときの山越えは思いのほか厳しかった。峠と言うのは、ふもとから見るよりはずっと長く険しい坂道となっているものらしい。まあ必死こいて登った分、下りの道の軽快さは申し分なかったのだが。
 






ため息の橋 TOP 四分の一殿の街








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