山上の蓮

 高野山駅から路線バスに乗り換え、私が最初に目指したのは、その高野山金剛峯寺である。前回は奥の院から金剛峯寺に歩いたから、その時とは逆順に回る形になる。折りしも到来していた寒波の影響を受け、大阪府の南部・和泉山脈を越える頃から周囲の山並みは白く雪をかぶり、また小雪が舞うような天候ではあったが、時に蓮に例えられる、山上の平地に開けたこの宗教都市の中には、既にかなりの積雪がもたらされていた。そのためか、観光客や現地の人、諸々ひっくるめて道路上を歩く人影もほとんどない。せいぜい、除雪作業を行っている道路管理者の姿が目に付く程度のものである。

 弘法大師空海が建立した物と言う認識が一般的な金剛峯寺ではあるが、今日的感覚で言う金剛峯寺は、高野山内に数ある堂宇の中でも、豊臣秀吉が建立した寺院を指すものなのだそうだ。私もそうは思っていなかったので、現地でそういう解説板を見たときに面食らったのだが、空海による開山の頃から、高野山の山域が著しく拡大したため、明治以降は特に秀吉が母の菩提を弔うために建てた寺院を金剛峯寺と呼ぶようになったと言うことらしい。前回訪問時、デジカメのバッテリー切れに見舞われてその写真を撮影していなかったので、今回は確実に一葉をものにした。

 その後、奥の院へと向かう。道路上の積雪は、多くの場所で除雪されていたが、ところによってはアイスバーン化している箇所もあり、転倒しないよう注意しながら歩を進める。金剛峯寺から奥の院までは2kmほどの距離があるため、ある意味では順当に時間をかけ、30分ほどで奥の院参道入口へ。ここから一番奥にある弘法大師御廟まではさらに2km近くがある。杉木立の中、無数の墓標が建ち並ぶ道を歩く。かなり進むまでほとんど人と出会うこともなかった。前回来たのは3年前のクリスマス、少しの積雪はあったが、どちらかと言うと墓石の灰色が印象に残る道だった。今回はひたすらに雪の白が卓越している。木立の隙間からわずかにのぞく空も鈍色をしている。ほとんどモノクロの世界である。独特の色彩のなせる業か、どこか、この世ならぬ雰囲気がある。

 幽玄の空気の中、弘法大師御廟までを歩き、お参りを済ませる。照明のほとんどない御廟も、基本的には色彩のごく押さえられた世界なのだけれど、それでも赤のイメージがあった。わずかにともされた灯明の色か、それとも護摩木を焚く火のイメージか。寒さから逃れる感のあった前回よりも長く、御廟内に留まった。

 実をいうと今回、本場の高野豆腐とか胡麻豆腐とかをお土産として買って帰ろうと言う、実に俗な考えを持ちながら高野山を訪ねたのだが、今日は土産物屋が軒並みしまっていて、奥の院までたどり着いた後はすることもなくなってしまった。買い物ができないだけならいざ知らず、暖を取れるような場所もない。歩いている間は、前回感じたいてつく寒さを感じることもなかったのだけれど、御廟でしばらく止まっていたら、寒さが体の芯まで染みとおってきたようである。いずれにせよ、今回の高野山訪問では「龍神から高野山へ車で」と言う目標が果たされていないため、いつかまたここに来ることになると思う。長居する必要はない。今回は早めに撤収して、大阪・神戸あたりの観光にスライドして行こうかと思いつき、バス停まで引き返したものの、折悪しく私がバス停に着く直前のタイミングで高野山駅行きの路線バスが走り出してしまった。路面を圧雪が覆っていたため、急いでいても走ることもできなかった。手を伸ばせば届きそうなところから走り去ったバスの、その非情が恨めしい。

 止まっていると余計寒いので、金剛峯寺近くの千住院橋バス停まで歩いて戻った。降雪量はさほど多くもないが、時折は地吹雪のようになる。そんな中を約30分。ほぼジャストのタイミングで高野山駅行き次発のバスがやってきたため、寒さから逃れるようにして乗り込む。

 とりあえず、この時点で寒さに震える心配はなくなったのである。高野山の寒さに比べれば、大阪周辺の都市部の気温は凍えるほどの物ではなかったのだけれど、問題は年の瀬のこの時期、私が行ってみたいと思っていた博物館・資料館の類がどこも閉館していたことだ。大阪・神戸くんだりまで出かけて行ってめぼしい成果もなかったということなのだけれど、とにかく時間だけはちょうど良い頃合となったので、京都に向かうことにした。






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