原爆資料館

 実質的に宿題シリーズとなっている今回の旅行だが、長崎にもいくつかやり残しがあった。原爆資料館訪問、日野江城・玖島城の攻略である。もっとも、公共交通機関を利用しての日野江城訪問は、あまりにも困難が多いため、こちらは今回も早々に諦めざるを得なかった。幸い、原爆資料館+大村城ならば十分実現可能である。そればかりか、計画当初は、二つを見学し終わった後も時間的に余裕がありそうだったため、柳川城もしくは唐津城あたりを落としていこうかとも考えていた。結局、九州三強の一角である龍造寺氏とのゆかりがある柳川城を押さえようと目論んだものの、JRをメインの移動手段と想定した場合、柳川はかなり訪ねにくい場所であることが分かった。何だかんだ言っても福岡県内の柳川だ。再訪のチャンスは遠からずやってくる気がする。今回は、手堅く長崎県内の二地点を確保する方針に落ち着いた。

 原爆資料館があるのは、長崎市内浦上の近傍である。長崎駅前から移動しようとすると、普通は路面電車の方が小回りが利いて良いのだろうけれど、18きっぷを活用しきるため、JRを利用。長崎本線で一駅、浦上駅は普通でも快速でも停まるので、さほど不便と言うこともない。ただ、駅から資料館までの距離は、最寄電停からのそれに比べると、少し長い。

 資料館の開館は、8時30分のことだ。広島の平和記念資料館に比べれば、いくらかは遅めの始まりだが、それにしてもこの種の博物館施設としては早い方である。これがもう少し遅ければ、18きっぷ旅の日程には組み込みにくくなるので、幸いなことだ。逆の見方をすれば、浦上に8時半頃にいようとすると、朝はわりとのんびりしていても良いことになる。ホテルを出たのは、8時近くになってからだった。

 原爆資料館は、年間を通して休館日のごく少ない施設なのだけれど、前回来訪した際は、年末の休みにかかっており、振られてしまった。

 今回は、そういったことがあったのが嘘のように、すんなりと入館を果たせた。広島平和記念資料館の極端に安い入館料に比べれば、若干高めの値段設定になってはいるが、元来が啓発施設みたいなものであるため、200円で入館できた。

 感想は、どうしても広島との比較になってしまうが、こちらは全般に長崎市における原爆被害の展示と言う性格が強い。二つの都市は、そもそも都市としての生い立ちが違う。広島の場合は、もともとが軍都だったため、視座を戦時下の日本・世界情勢などといったところに置いて、俯瞰的に自都市への原爆投下という事実を眺めていたが、それに比べると交易都市だった長崎は、全般に一個の都市が受けた戦争被害といった性格の展示が目に付く。あるいは、直接的に原爆の威力・破壊力を示す展示が多いとも言える。長崎型原爆は、広島型原爆よりも技術的に高度なものだったからと言うわけでもないだろうが、爆風で破壊された建材、そして爆心地近くで被爆した遺体の写真など、直裁的で生々しい展示が目立つ。そういったものが続いた後、最後に現在に至るまでの核兵器の開発史が展示されて終わりとなるが、都市規模の差もあってか、広島の資料館に比べると、やはり小規模な展示ではある。

 戦争と平和といった普遍的なテーマを考える際の資料性は、広島の方が高いのかもしれない。しかし、それぞれのアプローチの違いに、言い方は悪いが、興味を引かれた。




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