■DATA
 経路
  名古屋-郡山 → 郡山-奈良 → 奈良-京都-名古屋
 通常時運賃総額:6610円


 奈良なら行ける

 174号線もやっつけてしまったとなると、次にどこへ行くべきかは少しばかり思案が必要になってくる。プランがまったくなかったわけではない。甲斐源氏武田氏落日の地・新府城を訪ねる旅。毘沙門天の化身、上杉謙信の居城・春日山城攻城戦。三重県先っちょ訪城記。高山うまいもん紀行。そして、私と誕生日が同じという奇しき縁の浅見光彦氏のホームタウン・東京都北区西ヶ原に行ってみる旅。プランはいくつかあるのだ。ただ、そのほとんどが実現に少しばかりの困難を伴う。要は、在来線普通列車の本数のが極端に少ないので、出発が早くなるのだ。電車本数の問題から自由でいられそうなのは、東京ぐらいの物である。春季には京都発の夜行快速・「ムーンライト」シリーズが出ていないのを知らなかったのが痛かった。この夜行で四国なり山陰なりに行く心積もりだったのである。これを封じられると、辛い。

 煮え切らない気持ちで過ごしていても、週末はやって来る。たまの休日である。できることなら朝寝をしたい。しかし、そんな事を言っていては18きっぷの旅はつとまらない。一方、今日この土曜日に旅をしなければ、有効期間中に全5回分を使い切ることが難しくなるのも事実。すでに初動で出遅れてしまった午前7時に、時刻表サイトを立ち上げ、事前に用意していたプランの中に今からでも実行可能なものがないかと検討し始める。どんな旅行がしたいかにもよるが、難易度の低い、関西方面への旅2回を消化してしまった私の18きっぷ旅の場合、午前7時に家にいるのは決定的に出遅れているのだ。すると、奈良行きならば今からでも間に合いそうだという事が分かり、否やもなしに奈良に向けて旅立つ。今回はどうにかなったが、次回以降の旅路が過酷な物になるであろうことは容易に予想できた。まあ、今から先々の事を心配していても始まらない。それよりは今日をどう過ごすかだ。本日中の奈良行きが可能だと分かるや否や、手早く身支度を整え、さっさと家を出た。奈良行きが可能とは言うものの、すぐにでも動き出さなければ間に合わなかった。

 1時間あまり自転車をこいで名古屋駅に到着。ホームの売店で鶏五目おにぎりと天むすとお茶を買う。が、この天むすが酷いシロモノで、「天」がどこにも入っていない銀シャリおにぎりだったのだ。万博目当てに名古屋にやって来る外来者からぼったくろうという魂胆なのか、それとも最近の天むすとは皆そういう感じなのか。まったく謎だ。8:20発の関西本線亀山行き普通列車に乗りこみ、とにもかくにもおにぎりをぱくついていると、間もなく電車は名古屋駅のホームを出た。名古屋-亀山間は、ホームを飛び出した直後にあるポケモンまみれのテーマパークと、「日本一低い駅」をPRする弥富駅以外には、特にこれというものもなく続く1時間あまりの道行きだ。

 亀山駅で乗り換え。実は関西本線には「急行かすが」なる列車が存在しており、件の名古屋発亀山行きの40分ほど後の9時近くには、名古屋発奈良行きの直通列車も走っているのだ。が、これは18きっぷでは乗れない列車で、我らが普通列車に少し遅れてかすがが亀山駅に到着した時にも、「この列車は18きっぷではご乗車になれません」という無情のアナウンスがあった。18きっぷで来た連中は、もう一本後の普通列車加茂行きに乗れというわけだ。このときたまたま、やはり18きっぷで旅をしている中国人留学生と思われる女子学生が近くにいたのだが、「18きっぷで奈良まで行くのですか?」と、私も18きっぷ使いである事をあっさり見抜かれた。「ええ、まあ」と曖昧に歯切れ悪く返したのだが、具体的にどこに行くのかを突っ込まれた。彼女は大仏や興福寺を見に行くのだという。私のこの日の最初の目的地は大和郡山城で、ついそう答えてしまった。しかし、中国の人が相手だと多少具合が悪い。明の属国化を大目標にした朝鮮征伐を行った豊臣秀吉の弟・秀長の城なのだ。「姫路城みたいな城なのか」と問われて説明をすると、さすがに秀長の事は知らなかったが、やはり「豊臣」という姓から朝鮮征伐の事を思い出したらしく、表情が曇ったのが見て取れた。居た堪れなくなり、「秀長が生きていれば秀吉もあんな暴挙には出なかったんじゃないかというくらい、良く出来た人物でした」とフォローし、「その後は私も大仏を見に行きます」と話題を転換したら、とりあえず「じゃあ、また会うかもしれませんね」と平穏な空気が戻ってきた。

 この亀山発加茂行き列車、いざ乗ってみると音がものすごい。しかも、小刻みな振動も絶え間なく続く。どうやら、ディーゼル車のようだ。噂には聞いていたが、実際に乗るのはこれがはじめてである。あまり乗り心地の良い物ではない。初体験と言えば、この区間の電車は「ワンマン運転」らしい。車内放送でそう言っている。バスのワンマンは良く聞くのだけれど、電車のワンマンとは一体なんなのか。ボタンを押さないと駅を素通りするタイプの列車なのだろうか。そう思い、整理券発行機や停車ボタンを探すも、それらしいものはどこにも見当たらない。乗っているのは大半が沿線住民なのか、あまりにもあっさりしていて今一つ意味を咀嚼しきれないアナウンスに動じる様子もなく、ごく当たり前のこととしてそれを受け入れている。結局最後まで停車ボタンを見つけることは出来なかったが、どうせ私が下りるのは終点の加茂だ。終着駅の車内に乗客が残っていたのなら、さすがに乗務員も何とかしてくれるだろう。そうやって開き直り、亀山から加茂まで、車窓を流れていく風景をぼんやりと眺めていた。三遠南信地区を走る飯田線のような、恐ろしく山深い場所を走る列車と言うわけでもないが、しかし区間の大半は牧歌的で、山里の範疇に属する風景だったと言える。

 加茂に着いてしまえば、奈良までは3駅で、郡山は奈良駅の次に控えている。ここから先には大和路快速なる列車が用意されており、これは18きっぷでも乗車が可能らしい。これに乗り一路郡山へ。郡山の駅で降りたは良いが、駅前があまりにも閑散としていて、少し不安を覚える。市の観光協会か何かが用意したと思われる案内看板に従って歩いていくと、さほど苦もなく郡山城址に着くことができた。城跡はちょうど「お城まつり」なる祭り期間の最中で、至る所に露店が建ち並び、たくさんの人でごった返していた。郡山は国内屈指の金魚の名産地であるため、金魚そのものや諸々の資料も展示されている。さらには金魚にちなんだ歌が城内のスピーカーから流されており、一時とは言え頭の中でリフレインされるようになる始末。華やいだ空気なのだが、生のままのお城を見たいマニアにとっては、ありがたいんだかありがたくないんだかよくわからない。郡山は、JR駅から城跡までに歩いた普通の街並みの方が興味をひかれた。今まで旅した(あるいは暮らした)どの町にも似ていない、不思議な街並である。ただ、郡山城へ速やかにたどり着くには近鉄を利用した方が良いだろう。名古屋では隅っこの方に追いやられているイメージの強い近鉄だが、「近畿日本鉄道」の名は伊達ではなく、近畿地方では圧倒的に強い。京都の時の淀駅ではないが、重要拠点に駅を配し、それらの点を線路で繋いでいるようなイメージだ。






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