臥牛山の城

 一般的に備中松山城と呼ばれているのは天守閣とその一帯の郭の方だが、これは史跡として見た松山城の中の一部に過ぎず、小松山城と呼ばれるブロックにあたるらしい。実際の松山城にはもっと奥行きがあり、小松山城から稜線伝いでさらに奥へと進んでいくと、大松山城という区画にたどり着くと言う。が、時間的にそこまで進んでいく余裕はなさそうである。次があるかどうかは分からないが、現存天守で名高い小松山城を見ておけば、松山城登城の目的は八割方達したも同然だと思うことにした。

 先ほど来、視界の上の方で威容を放っていた黒い天守閣にいよいよ入城。本丸入口あたりで入場料300円也を支払う。経験則的に言って山城の場合は入場料を払うことは少ない(というか高い山の上に天守閣があること自体少ない)ような気がするが、松山城の場合は事情が違う。何せ現存天守なので史跡維持のために何かと物入りだろう。300円でやっていけるのかしらという考えも一瞬脳裏をよぎったが、とりあえず先方が300円で良いと言っているのだからそういうことにしておいた。

 現存天守の城はこれまでにいくつか見てきた。松本城、犬山城、丸岡城、彦根城、姫路城、丸亀城、高知城。全国に12城あるうちの7城である。名城の条件はいろいろとあり、単純には甲乙付けがたいのだが、物理的な規模に割り切って言及すれば、備中松山城はそれらの中でもミドル級あたりに位置づけられるだろうか。名古屋城や大阪城、熊本城などといった有名どころの復元天守に比べればかなり小振りである。内装…という言い方もおかしいが、内部に大きく手を加えられない関係か、室内展示は比較的あっさりしている。

 意外と興味を惹かれたのは、城の維持や補修工事に関する説明である。松山城は、現存する天守としては日本で最も高いところにある。明治の折の廃城令で全国津々浦々の天守閣の破却が進められたのだけれど、松山城の場合、「高いところにある城をわざわざ壊しに行くのも面倒くさい」というごく当たり前の人情に助けられ、破壊の憂き目に遭わずに済んだのだそうだ。もっとも、それがために今では補修のために要する労力も通り一遍ではなさそうである。石垣などは放って置けば次第に崩壊していくし、人里から離れた山の上にあるために、野生の動物が屋根瓦を壊したりする。今は綺麗に整備されている松山城も、こうした自然の脅威と戦う地元の頑張りに支えられているのだ。窓から見える箱庭のような高梁の街を眺めながら、地元の人たちの奮闘に思いを馳せる。それにしても、暑い。山の上なので多少風通しは良いのだが、いかんせん気温そのものが高すぎる。汗だくになりながら三階建ての天守閣を見た後は、休憩所でよく冷えたお茶をご馳走になった。何でも、高梁はお茶の産地でもあるのだそうだ。

 来る時はタクシーでふいご峠の駐車場まで登ってきたが、帰りは自分の足で登山道を下ることにした。電話で呼べば来てくれたのかもしれないが、電話をかける手間と、待っている間の時間がわずらわしく思われた。登山道は、地元の高梁高校の裏手まで伸びていて、下りきるのに20分弱かかった。そこから、高梁の町並みを眺めつつ駅へと向う。途中には、武家屋敷や頼久寺といった古刹、石火矢ふるさと村なんていうものもある。写真でしか見たことがないものの、頼久寺は城のように重厚な構えをした寺らしく、それでいて内部には風雅な庭園が作られていて、これも高梁市の観光名所のひとつらしい。ところで石火矢だが、少し前のアニメ映画「もののけ姫」では、石火矢という武器を使う集団が登場したり、たたら製鉄の場面があったりしたが、どうもあれは中国山地をイメージした舞台設定のような気がしている。劇中の山並みも、中国山地の感じだったし。ああいう、今で言う「ロハス」な暮らしの取材は屋久島で行い、それが思想的バックボーンになってはいると言う話だが。

 そんなことを考えながらぼんやりと歩いていたからか、それとも暑さで歩調が緩んだからか、駅までの戻りに少々時間を取られてしまった。その結果、予定の列車に乗り遅れてしまうという失態を演じる。先にも書いたとおり、ここ備中高梁の駅で乗り継ぎをしくじると、この先の旅程に大幅な狂いが生じる。何と言っても今日が松江に着くだけで終わってしまう。山陰方面はそれほど頻繁に来られるわけではないし、多少無理してもあちこちを見てみたい。さらに、この暑さだ。備中高梁は小さな駅である。エアコンの効いた待合室と言うようなものはない。駅の事務室とつながっているみどりの窓口は冷えているようだが、用もないのにたむろできるような場所ではない。何時間か先にやって来る鈍行を待っていたのでは、熱中症になってしまいそうだ。

 対応策は比較的すんなりと決まった。十数分後にやって来る特急やくもで、安来駅を目指す。もちろん、18きっぷでは特急車両に乗れない。特急券が不足と言うのはもちろんだが、18きっぷを特急乗車時の乗車券として使用することも出来ない。乗車券と特急券を合わせて購入し、炎熱の外気から逃れるようにしてやくも号に乗り込んだ。






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