神国の首都

 翌朝。7時くらいには入城可能になるという松江城に、開場と同時にもぐりこむことを目指してホテルを出る。城に向う前に、昨晩の宍道湖うさぎをもう一度見に宍道湖の方に回るため、出発は6時前になった。こんな時間でもフロントにはもう係の人がいて、本当に頭が下がる。

 夏の日は長く、夕暮れが遅いのも良いのだけれど、夜明けが早いのも旅する上では都合が良い。6時前だと言うのになんらの問題も泣く活動できてしまう。もちろん、朝一番とはいってもすでに気温が高いのは泣き所なのだけれど。

 宍道湖には、昨夜の帰りに見つけた川に沿って歩いていった。どうも普通の川と言うよりは運河のような雰囲気がある。川沿いの風景はちょっとした水郷だ。昨夜は暗くて気付かなかったが、なかなかどうして趣の有る道である。川を流れる水も、街中にしては綺麗に澄み切っている。地図からの情報とつき合わしてみるに、この川の水は宍道湖から流れ出し、中海へと注いでいるようだ。その川の水が綺麗だと言う事はつまり、宍道湖の水も綺麗だと言う事なのだろう。今さらながら、宍道湖は汽水湖だ。この川の水はしょっぱいのかもしれない。水底が見えるほどに澄んだ川面を見ながら、実にどうでも良いことを考える。

 島根県立美術館は、宍道湖の東岸にある。すぐ近くには、宍道湖を代表する風景として知られる嫁ヶ島もある。写真で見るとそこそこ大きな島が岸から離れた沖のほうに浮かんでいるように感じられたのだけれど、実際には小さな島が岸近くに顔を出していると言った方が正しい。沖合いにあるように見えるのは、撮影法のトリックである。

 宍道湖うさぎは、美術館から嫁ヶ島を向こうに見るような湖の岸辺にいる。大きさは本物のうさぎと同じくらいで、全部合わせると十二羽いる。いや、一羽のうさぎが駆け抜けていく一瞬一瞬を切り取って像にし、それを並べた作品と見るべきなのか。十二の像は、ちょうどパラパラ漫画のように少しずつポーズを変えながら、円弧の軌道を描いて湖のほうに向って駆けて行く。人のうわさに言う事には、幸せのご利益があるのは湖側から数えて二羽目だと言う。このうさぎを西の方角に向きながらなでてやるとご縁や幸せがやってくるし、シジミの殻を供えるとご利益は倍化されるのだそうだ。私も観光ガイドを見て、その話を承知の上でうさぎを見に行ったはずなのだが、写真を撮ったことに満足してしまい幸せのうさぎをなでてやるのを忘れてしまった。

 今さらそんなことを悔やんでも始まらない。とにかくその時の私は、今度は意気も高く松江城のほうに向って歩き始めた。道すがら、「かえれ島と海 竹島資料館」と書かれた看板を見つけた。ああ、こういうところも島根だなあと、つくづく思う。

 美術館から松江城までは、歩いて10分ほどだった。島根県警本部の前を過ぎた辺りから、一段高いところにある櫓や天守閣の姿が視界に飛び込んでくるようになった。松江城は、黒い城だ。個人的には、姫路城のような白亜の城よりは松本城などのように黒い城のほうが好みなため、松江城の落ち着いた佇まいは心に染みる。そのため、とあるガイドブックでは同じく黒い城である岡山城の写真が松江城として紹介されていたりしたが、岡山城とは随分趣が違う。もちろん、建物自体の歴史も違う。

 早朝なのだが、松江城のある城山公園には観光客とも散歩の松江市民ともつかない年配の人の姿が目立った。それでもまだ本丸内部には入れないようだ。ひとまず、堅く閉ざされた城門の前に腰掛けて待っていると、係のおじさんが気を利かせてくれたのか、早めの開門となった。ありがたく中に入らせてもらったが、天守閣内部には入れなかった。まったくうかつなことだったのだが、この時まで私は「7時開場」というどこからともなく仕入れてきた情報を、「7時になれば天守閣に入れる」と勘違いしていたのだった。本丸に入れれば天守閣を間近で見ることは出来るのだが、中から建物の様子を見るにはもう一時間あまりもまたなければならない。

 残念ながらそれだけの時間はない。島根から名古屋まで帰るのには相応の時間がかかるし、列車の本数自体が少ないので所要時間以上に出発のタイミングが重要になってくる。昨夜ホテルで検討した限りでは、7時半前には島根駅を発って鳥取まで進み、そこから智頭急行(ちずきゅうこう)で兵庫方面を目指さざるを得ないという結論に達していた。後ろ髪を引かれる思いで城を後にし、駅へと急ぐ。途中、松江ゆかりの小泉八雲にちなむ史跡を見つけ、ちょっとばかり解説板に見入ってしまった。どうも「神国の首都」という八雲の著作があるらしい。これはちょっと面白いかもしれないといろいろメモしていたら、思ったより時間を取られてしまった。そして、そのちょっとばかりのタイムロスが響いて、予定の列車に乗り遅れてしまった。






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