この砂、この肌触りこそ鳥取よ

 考えてみれば、名古屋の人間は鳥取の人に対してろくなことをしていない。当時羽柴秀吉といった豊臣秀吉は、鳥取城攻めの際に城内の人々を食人まで行う飢餓地獄に陥れてみせたし、名古屋大学の学生は鳥取が誇る景勝地・鳥取砂丘に犬の小便並みの落書きを残してみせたり、ひどいものだ。とは言え、幼稚な学生から心無い悪戯を受けた砂丘が今どうなっているのかは気になるところである。それでなくても鳥取に行ったら砂丘の一つも見て帰らなければという気持ちでいたので、鳥取駅で列車を降り立ったところで、まず砂丘へと向う手立てを探し始める。

 鳥取市内に観光地はそれほど多くない。少なくとも、県外からの観光客が鳥取と言われて即座に連想できるほどの景勝地となると、砂丘ぐらいしかない。県全体での人口が数十万単位という過疎にあえぐ鳥取県にしてみれば、砂丘はフルに活用しなければならない観光資源のはずで、路線バスでも何でも、鳥取駅と砂丘とを結ぶ公共交通機関のひとつもあるはずである。そう考えて駅の東側に出てバスターミナルらしき一画へと進む。なるほど、確かに砂丘へ向う系統が何路線かあるようで、本数も十数分に一本程度は出ていそうだったが、まかり間違えばどこかとんでもないところに連れ去られてしまいそうな雰囲気もある。おっかなびっくりバスに乗り、二、三十分ほど揺られていくと、すぐにそれと分かる砂丘の光景が車窓に飛び込んできた。これなら、どこか適当なところでバスを降りれば済みそうだ。

 と言う事で、観光の女子大生と思しき二人連れがガイドを見ながら降車ボタンを押したのを見逃さず、彼女らと同じバス停で車を降りる。一歩間違えば非常に怪しい奴だという自覚はあったので、早足で歩いて彼女らに先行し、変に着け回そうなどという気がないことをアピールする。いや、そこまで気を使うほうが余計怪しいか。第一肝心の彼女らはそこまで気にしていない様子だ。

 さて砂丘に対しては、名古屋からの旅行者として、相変わらず無残な落書きの傷跡が残されていたらいくらかは埋め戻すのも辞さない覚悟で臨んでみたが、砂丘にそれらしい落書きは見つからなかった。web版の記事写真に見られた「馬の背」なる地形は、バスを降りてまず視界に飛び込んできた大きな斜面がそれだと思うのだが、どうもおかしな書き文字は見当たらないのだ。そこで馬の背の斜面に近づいてみると、問題の落書きは他の観光客の足跡でボコボコになって消えているのが分かった。砂丘の砂は、思いのほかさらさらしているのである。聞くところによると名大生は、かなり深く砂をえぐったらしいので風が吹いた程度ではなかなか穴は埋まらないのではないかとも言われていたが、逆に人間が自発意思でこれを埋め戻すのはさほど難しいことではなさそうだった。

 とりあえず、馬の背を登ってみる。所詮は砂丘、砂浜の延長のようなものと侮るなかれ、斜面の傾斜はかなりきついし、高低差もなかなかのものだ。あえぎあえぎ砂丘の頂に立ってみると、日本海の青い海面が見えた。落書きの件は、安心したような、がっかりしたような妙な気分になったが、一つだけ分かったのは、夕方の砂丘は足跡だらけであまり美しくないと言う事だ。情趣あふれる風紋を見たかったら、風の強い夜の翌朝にでも行ってみるのが良かろうと思われる。ちなみに、鳥取の人は郷土の象徴としていかにも即物的な砂丘そのものを持ち出すよりは、「ふうもん」という言葉の響きの方を愛す傾向があると見た。鳥取市内にいて良く見かけたのだ、この単語を。

 月の砂漠を思わせる、夕暮れ間近の砂丘をさすらってみる。砂丘にはらくだがいて、その背に揺られて少しの距離を歩く事もできるようだし、馬車にも乗れるようだが、すでに営業時間の終わりが迫っているようで、客足は遠のきつつある。どうも風に流れて聞こえてくる客寄せの口上によれば、「ゆきちゃん」と言う名前の馬からくだがいるようだが、そんなかわいらしい名前の馬が結構でかいようにも見える馬車を引っ張れるのだろうか。常識的に考えれば名前と馬力は関係なかろうが、そんな事を思う。

 今日はこの後鳥取城にも行く予定だし、そろそろ砂丘から引き上げようか。そう思い、時折柔らかな砂に足を取られそうになりつつも、バス停の方を目指す。しかし折悪しく、鳥取市街方面に向うバスは無常にも目の前で出ていってしまった。結局、停留所近くにある土産物店を物色しながら時間を潰す。私はらっきょうが好きで、鳥取はらっきょうの名産地なのだが、この時に限ってどういうわけからっきょうを買って帰ろうという気にはならなかった。

 10分あまりでやって来た次のバスに乗り、砂丘を後にする。最近、砂丘が縮小傾向にあるのだそうだ。人間が防風林を作ったため、新たな砂の供給が滞ってしまったのだそう。なかなかままならないものだ。






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