猛スピードで彼は

 帰りは楽をしてバスに乗り込み、一気にJR奈良駅に戻る。往路の様子を考えると、帰りは来た道をそのまま引き返すよりも京都周りで帰ったほうが無難な気がしたので、JR西日本が擁する「○○路快速」シリーズの一、みやこ路快速で京都へ向かうことにする。が、快速が奈良駅に着くまでにはしばらく時間があったのでとりあえずは普通列車で先に向かう事にした。結果的に、これが良くなかった。いや、幸運だったのか。禍福はあざなえる縄の如しとも言うが、とりあえずは話を先に進める。今日一日歩き回ってかなり疲れていたこともあり、電車の中でうつらうつらとしていた。そして夢うつつに「**駅」に到着と言う車内放送を聞く。ハッ、ここが快速の接続駅ではなかったか。慌てて電車を飛び降りると、そこはまごう事なき通過駅。こんなところに快速が止まるわけがないと悟り、再乗車しようとした時、まさにコントのような絶妙のタイミングで電車のドアが閉じ、無情にもそのまま走り去ってしまった。結局その棚倉駅を脱出するのに30分ほどの時間を要した。待ち時間中、地元の軽くヤンキーが入った中学生と思しき連中がモデルガンで射ち合いをはじめ、他に人がいない様な駅だったこともあって、「面倒なことにならなきゃ良いが」などとやきもきする。

 しかし後の展開を思えば、私がこの中学生たちと同じ場所に居合わせることになったのも、何か意味のあることだったような気がしないでもない。電車は棚倉の次の駅、玉水駅で止まった。ここが、本来ならば快速待ちのために下車するはずの駅だったのだ。そして、この駅に停車した時、車内に全ての役者が勢ぞろいした。先ほどの中学生たち、ここで列車に乗り込んできた中高年男女のハイカー集団。そして、あの男…。まだ肌寒いこの時期に、真っ赤な半そでのTシャツを身にまとい、シャツとコントラストをなすような真っ黒なロン毛を風になびかせた、ずんぐりむっくりの小太り男。単線の田舎駅で乗り込んできた人物なので、こういう表現はあまり直感的ではないが、場所が場所ならまさにアキバ系という表現がしっくり来るタイプだ。彼は何やらブツブツと独り言をつぶやいている。気になる。非常に気になる。がしかし、ここで好奇心を剥き出しに彼を観察するのは賢明な者のすることではない。しかし、彼のこの行状に非常に鋭敏に反応した者たちがいた。先ほどのヤンキー中学生である。たぶん狙いは外しているのだろうが、ずんぐり男に向け、電車内でモデルガンを発砲し始めた。まさに一触即発。私は、眠ったふりをしながら薄目を開け、面白ハプニング到来の時を待った。しかし、ずんぐり男は中学生からの攻撃に気付く気配も見せない。自作の物と思しきCDをポータブルプレーヤーで聞くことに夢中の様子。

 流れが変わったのは、城陽駅に着いた時だった。先ほどのハイカー集団の一部が、「快速乗り継ぎのため」と言ってここで電車を降りていった。棚倉駅の失敗の苦い記憶がある私は、車内アナウンスで乗り継ぎ案内をしていなかったので、この駅で降りることはしなかったのだが、今度はこのハイカー集団の行動にあからさまに反応した者がいた。ずんぐり男だ。彼は今までずっとブツブツと独り言を言っていたのだけれど、この時初めて、彼が回りにも聞こえる調子で一人語りを始めた。

「快速には宇治駅で乗り継ぎができる。ただし、余裕はない。ダッシュだ。宇治駅のホームに着いたら走れ。人を掻き分けながら走れ」

 …この男、鉄道マニア!私は、ずんぐり男の言葉から瞬間的に全てを悟った。そして、彼の予言の内容に慄然とした。宇治駅での乗りかえってそんなに余裕がないのかよ!?

 しかし、宇治駅が近づいた時、車内アナウンスは思いもかけないことを言い出だした。
「この先京都へは、後続のみやこ路快速が先につきます。着きましたホーム、向かい側でお待ちください。3分後の発車です。」
 !?どう考えてもずんぐり男が言うほど切迫した事態が発生するとは思えない。果たして彼はどうするつもりなのか。私は、駅が近づいておもむろにシートを立ったずんぐり男の一挙手一投足に注目した。彼は、すでに出口の前に立ち、ドアが開くのを待っている。果たして、電車が宇治駅に到着し、ドアが開くや否や、ずんぐり男は、ホームで待っていた人たちが腰を抜かしそうなほど恐るべきスピードで走り出し、一段抜かしで階段を駆け上り、自身が言っていたように猛ダッシュで姿を消してしまった。

 その後、私は二度と彼の姿を目にすることがなかった。彼はいったい何がしたかったのだろうか。それもこの先、永遠に謎のままだろう。京都駅に着き、そこから名古屋に向かう車中で、私は悶々と思い悩んでいた。三度目になる伊吹山は、すでに新鮮さの欠片もなくなってしまっていた。

 しかし、一つだけ確かなことがある。これが、国道マニアたる私と、マニア界に巨大勢力を築き上げた鉄道マニアの最初の邂逅だった。そして、2つのマニアの意地とプライドをかけた戦いは、18きっぷの旅が終わるその時まで、続けられることになるのである。






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