氷雨降る海

 初日の立ち寄り先は、わずかに一宮城だけである。ただ、この後には豊後水道を渡るという、ある種の大事業が控えている。ずっと利用してみたかった八幡浜からのフェリーで別府まで行こうというワケだが、徳島市から八幡浜市まで行くのがただ事ではない。一宮城を攻略後だと、鈍行では別府行き最終便に間に合わないと言う有様である。その埋め合わせのため、特急利用も考えたのだけれど、それよりは安価な、徳島から松山へ走る高速バス路線の存在を察知したため、これを利用することにした。

 決して乗客の多い路線ではなかったのだけれど、基本的には予約制のバスだった。私の隣の席はボリューミーな青年によって予約されていたらしい。こちら側にまでかなり越境してきているようで、肩身の狭い思いがする。可能であれば逃げ出して空いている他の席に移動したかった。何しろ、車中にはまばらにしか乗客がいないような状況だ。しかし、青年に退路を塞がれている形になっているのでどうしようもない。都合の悪いことに、彼は律儀に自分の予約した席を移動しようとしない。結局、余裕のある車内であるにもかかわらず、3時間あまりの道のりを、窮屈に身を小さくしながら行かなければならなかった。ついでに言えば、その道中の松山道では事故渋滞が発生しかかっており、これに巻き込まれた場合、下手をすればフェリー便に間に合わないという事態もありえたかもしれない、波乱の車中だった。

 しかしながら松山にはほぼ定刻どおり到着し、結果としてJR松山駅に着いてから目的の八幡浜駅行きに接続する列車の発車まで、1時間あまりの時間を待たなければならなかった。JRの駅は、松山市の中心からは外れたところにあるため、時間つぶしに難儀したことだった。こういうところが鈍行旅の思うに任せないところだ。

 不穏な気配は、なおも私に付きまとった。旅に先立っては、いつもの通り乗り換え検索サイトの「えきから時刻表」を参考にしてスケジュールを組んだのだけれど、列車に乗ってから、店売りされている携帯版時刻表を確認したところ、八幡浜駅の着予定時間が20分違って表示されているのに気がついた。20分到着時刻が変わってくると、フェリーへの乗船が間に合わなくなる可能性も出てくる。松山駅でのうのうと過ごしている間に、特急を捕まえておくべきだったか。一瞬血の気が引くのを感じたが、後には本のほうに表示されているのが八幡浜駅の着時間ではなく発時間である事に思い当たった。果たして、実際八幡浜駅で私が降りた列車は、20分の待ち時間後に駅を出るものだった。

 とは言え、今回の計画の危うさを痛感した私は、八幡浜駅からフェリー乗り場までの道を、タクシーで移動した。結局、路線バスの走るコースだったし、歩いても間に合う程度の距離ではあったが、海路で九州に行けないとなると、今回の旅行の計画はズタズタに破壊されたも同然のことになるため、大事を取ったものである。

 雹か霰が降り始める中、17時半少し前に八幡浜港を出港。宇和島運輸のフェリーは、心なしか宮崎カーフェリーなどが使っていた船と似たような内装にはなっていたが、宿泊便ではないため寝室はなく、風呂やレストランもない。一応雑魚寝部屋はあったので、船中の大半の時間をここで過ごすことになったが、豊後水道の波は思っていたより高く、横にでもなっていなければ酔ってしまいそうなほどだった。

 2時間半の短い航海を終えて、どうにか別府の港に着いたのが20時過ぎ。ここから、今夜宿泊する別府駅前までは少しく距離があり、暗く寒い夜に歩くのはこたえるものがあったため、バスで移動する。直接別府駅に行く便はもう終わっていたのだけれど、別府北浜バス停で下車し、少しの距離を歩いた。最近の下手な温泉地はどこでも奮わず、青息吐息のイメージがあったのだが、別府駅前は想像していたのよりずっと華やかで活気があった。ただしここはいわゆる街中で、温泉地としての別府の中心は、もっとずっと離れた山側の場所にある。

 なお、泊まった別府ステーションホテルは、普通のビジネスホテルながら、温泉大浴場を備えていた。さすがは、別府温泉と言ったところ。そしてその湯量豊富なことは、翌日あらためて実感して分かることになる。






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