「朝飯前」とは言うものの…

 結局は断続的な浅い眠りを繰り返しただけで夜が明けてしまった。といっても、寝床を抜け出す覚悟を決めたのは4時を少し過ぎたころの話なので、厳密には「夜明け前に起き出す羽目になった」というのが正しい。

 事前に金沢駅の時刻表を調べてみた限りでは福井方面行きでは5:42発の列車があるようで、これに乗れば途中の加賀市で大聖寺城をつまみ食いしていく余裕も生まれるだろう。しかし、昨夜の感触から行くと、サウナを出るのは5時前後を予定しておいた方が良さそうだ。それ以上遅ければ列車を逃してしまい、駅でしばらく次発を待たねばならなくなるし、あまり早くても結局は待ち時間の長さに手持ち無沙汰になる。仕方がないのであまりバリエーションの多くない風呂に浸ったり、レストルームの一角に1台だけぽつねんと置かれたPCでネットを覗いたりする。時間帯の関係もあるだろうが、ここオーロラにおいてインターネットは人気薄らしく、私一人で独占していても特にクレームがついたりはしない。とは言え、私もそれほどゴリゴリとネットをする方では無いので、間もなく見て回るところがなくなってしまった。

 さて、どうするかと考えていると、どこからともなく聞き覚えのある曲が耳に入ってきた。大河ドラマ「独眼竜政宗」のテーマ曲だ。これは一体どうしたことかと思っていると、休憩室のリクライニングチェアーに据えつけられたいくつかのテレビ画面ではそのものズバリの「独眼竜」が放送されているではないか。しばし呆然とする。出演者の筆頭には「伊達輝宗:北大路欣也」がクレジットされており、かなり若い話数の回が放送されているようだ。とりあえずそれは良いとして、NHKは日曜の早朝にこんな小粋な事をしていたのかと思い、再びPCにかじりついてYahooのテレビ番組表を覗いてみたものの、NHKの放送開始時間は4:30らしく、しかもその時間から始まる番組は「おはよう日本」という体たらく。「独眼竜」は心あるケーブルテレビの番組か何かなのだろうか。真相は未だに不明である。

 「独眼竜」を見始めてしまうときりがなくなりそうで、かといってこれ以上サウナにとどまってもやることがなさそうだったので、駅までのったりと歩いていくことにした。フロントで退出処理を済ませて建物の外に出ると、この時間でも相変わらず前夜と同じ客引きが活動していた。眠いので、今回は完全無視である。

 まったく、冷静になって考えてみると車旅なら自殺行為にも等しい早出である。移動中はいくらでも眠れる電車旅でなければさすがにこんな無茶なスケジュールを組まない方がいいだろう。

 「オーロラ」を出た時にはまだ東の空が白みかけていただけだったのだけれど、とりあえず目的の電車に乗り込み、これが駅を出発する頃には日も完全に昇っていた。金沢から先の北陸線がどうなっているのかは、学生時代頻繁に特急しらさぎを利用したことがあるので知っているのだけれど、考えてみれば同じコースを鈍行で行くのはこれが二回目のような気がする。覚えているのは寺井駅がやけに傾いていたことぐらいだ。勝手知ったる道行きながら、それなりに新鮮な発見もあるだろうかなどと思い、進行方向右側の席に座るのが良いか左側の席にべきかなどと考え、片山津温泉の巨大黄金観音見たさに右側(北側)の席に陣取ったのだが、結局発車後間もなくから加賀温泉駅を通り過ぎるあたりまでぐっすりと眠りこけてしまった。

 大聖寺駅で下車。在金中からの感触で言うと、大聖寺は古くからの加賀市の中心地なのだろうけれど、電車駅としてはイマイチパッとしない。隣の加賀温泉駅はその名の通り、片山津温泉、山代温泉、山中温泉、粟津温泉といった加賀温泉郷の玄関口であり、観光客向けに特急列車も停まる態勢が出来上がっている。なのに、大聖寺駅には普通列車しか停まらないのだ。そういう駅の格に合わせたものか、近年では加賀温泉の駅前には大型ショッピングセンターまで建設され、大聖寺駅は加賀温泉駅にますます水を開けられる形になっている。大聖寺近郊の観光スポットとしては、この地出身の作家・深田久弥にちなんだ資料館のようなものがあるらしいが、何にせよこの時間では開館してはいまい。

 駅を出ても、時間が時間なので大聖寺の街には人影がほとんど見当たらない。このあたりの街並はいかにも古色蒼然とした感じではなく、それとなくレトロな雰囲気を醸し出していて、朝の早そうなおじいちゃんおばあちゃんも結構たくさんいるのではないかと思われるのだけれど、そういう人たちさえもあまり見かけなかった。せいぜい犬の散歩をしている人とすれ違ったぐらいである。こんな時間からマニアから見てもそれほどのことはない城跡に向かおうとは、私もよくよくの酔狂人である。そして実際大聖寺城址は、決して期待を裏切ることなく、やはりそれなりのものでしかなかった。そのわりに散策に時間を食ったような気がして、列車の発車時刻に間に合わなくなるのを恐れてピッチを上げて汗だくになりながら駅まで歩いたところ、結局は発車までに二十分弱の待ち時間が出来てしまった。その頃には一応常識的な時間になってきたため辛うじて駅の待合室は開放されていたのだけれど、待合室に併設の売店の方はまだ開いていなかった。

 店には「娘娘(にゃあにゃあ)饅頭」という商品名の書かれた看板が掲げられている。これは、「加賀福」と双璧を成す加賀市銘菓なのだけれど、この店はふだんから観光客向けにでも営業しているのだろうか。固く閉ざされたシャッターを見ていると非常に疑問である。ちなみに「加賀福」とは、加賀市出身で自身の故郷に対して絶対的なプライドを持っていた私の大学時代のご学友・W君ですら「赤福」のパクリであると自嘲気味に語っていたほどのものなので、その実態は正しく「赤福」なのだろうけれど、娘娘饅頭の方は未だにどんなものなのか分からない。

 そうして古い友人のことを思い出しながら、福井方面行きの列車に乗る。程なく眠りに落ち、再び目を覚ましたのは福井駅とは目と鼻の先の距離まで来たときのことだった。






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