来た時と同じだけの時間を要して吉野ヶ里から鳥栖駅まで戻ったのが10:06。10:17、博多からここまでの移動に利用した鹿児島本線の線路に復帰し熊本を目指す。ここから熊本までは約2時間の道程だ。他人の運転する電車に揺られていくだけなので気楽といえば気楽なのだが、地理不案内の土地なだけに行けども行けども進んでいる感じがしない。久留米とか大牟田とか聞いたことのある地名には何度か出くわしたし、「有明海の怪火・不知火」などという耳馴染みのある単語も目にした。
しかし、頭の中で地図が全くイメージできない。福岡県大牟田市や熊本県荒尾市などでは、鹿児島本線は本当に海の近くを走るのだけれど車窓から海も見えず、持参したマックスマップルを開いてみて、ようやく今自分がどういう場所を走っているのかわかるといったありさま。九州の地理がわかるようになるまではまだ何回かこの地を訪問しなければならなそうだ。熊本で印象の強い地名といえばなんと言っても阿蘇山なのだが、その阿蘇山と自分との位置関係さえ正確につかむことができていなかった。荒尾辺りではちょうど有明海の反対側、真東に阿蘇山が来ることになるようだ。
やがて列車は田原坂の辺りに差し掛かる。明治維新の頃の西南戦争では最大の激戦地となった場所で、現在は史跡として過ぎ去った歴史を物語っている。ただここは、日本各地に点在する古戦場の中にあってごく最近血で血を洗う戦いの舞台になった場所であり、一帯が大規模な開発の手が入らぬまま保たれていることもあって、好事家の間ではむしろ強力な心霊スポットとして知られている。田原坂駅に設置された史跡案内の看板類も戦いの凄惨を強調するつくりになっており、意識してしまうとどうもあまりいい気はしない。田原坂の外れ辺りにある田原坂トンネルの暗闇の中では、それこそ戦死者の亡霊が現れそうな不気味な錯覚に陥ったほどだ。
もちろん現実には西南戦争の亡者が現れることもなく電車は走り続けた。ここでも地理不案内がたたって直前まで気がつかなかったのだけれど、田原坂は熊本市に隣接するようなところに位置しており、トンネルを抜けると実質的にそこは熊本市なのである。熊本城を望む上熊本の駅を過ぎ、列車は終点熊本駅へ。
熊本での自由時間は80分。13:30発の列車で人吉方面に向かうまでの間に熊本城を見ておかなければならない。ここでひとつ失敗があった。熊本城は熊本駅から目指すよりも上熊本の駅から歩いた方が近いぐらいだった。それなのに熊本駅から城に向かってとぼとぼ歩いたせいで、城を見学する時間は皆無に等しかった。天下にその名を鳴り響かせただけのことはある豪壮な城だったから、粗雑な見方しかできなかったことは口惜しい。熊本駅前からは市電（路面電車）が出ており、これは熊本城の間近にもつながっているのだけれど、事前のリサーチが足りず、見当違いな場所へ連れて行かれることを警戒して乗車を避けていたのだった。駅への帰りはこの市電を使う。それでも乗車予定の列車の発車時刻・13:30に間に合うかどうかは微妙な情勢になってしまった。
熊本駅前に到着するや否や飛び出すようにして市電を降りた。熊本駅の駅舎に掲げられた時計の針は、13:25の辺りをさしていた。まずはギリギリセーフといったところだったが、ぼやぼやしている暇はない。半ば駆け込むようにして改札を抜け、ホームへ向かう。しかし、ここで再び下調べ不足から墓穴を掘る羽目になってしまった。13:30発の列車に乗って人吉まで行く予定は立てていたのだけれど、何処方面何処行の列車に乗れば人吉に行けるのか全く見当もつかない。とりあえず、一番それらしく見えたワンマン列車に乗り込んでみた。最初の停車駅は平成。ちょうど数日前に見たクイズ番組で「実在するのは昭和駅と平成駅どっち？」というような問題が出題されていたのは思い出したが、どうも人吉方面に向かう鹿児島本線には平成という駅がないような気がする。よくよく調べてみるとこの疑念は図に当たっていることが分かった。平成駅は、熊本と大分を結ぶ豊肥本線の駅で、熊本県南部にある人吉市に向かおうとするならば、全く見当違いの方向を目指す電車に乗ってしまったことになる。あわてて平成駅で電車を降り、熊本駅に戻る電車を待つことになった。しかし冷静さを失っていたため熊本方面行き列車の発車ホームを見誤り、下車直後にやってきた熊本行き列車を、発着ホームとは反対側に位置するホームから見送ることになってしまった。認識の甘さからくるミスが積み重なり、せっかく組み立てた旅行日程が一気に瓦解してしまった。ここからはどうあがいてもリカバリーは無理である。それほど人吉・えびの方面を経由して鹿児島へと向かう列車の本数は少ないのだ。開き直り、缶コーヒーをやけ飲みしながら熊本へと戻る電車を待つ。どうやら九州では、ジョージアのカフェオレは販売されていないらしい。 |
|
|
