南国の夜

 川内の駅は九州新幹線の停車駅になっていて、いかにもローカル線駅然としていたおれんじ鉄道のほかの駅に比べればはるかに規模が大きい。おれんじ鉄道はその駅の一部を間借りするような形になっており、そこからJR鹿児島本線側のホームへと進む。

 時計の針はすでに19時を回っていただろうか。いくら本土の最南部に位置する鹿児島とは言え、師走24日日の夜ともなれば相当に冷え込む。それでなくとも12月24日の夜に、人気の途絶えた夜のホームで電車を待つ行為のなんと寒々しいことか。そういう事情もあってかなり長いこと電車を待っていたような気がするが、実際にはさほどの時間ではなかったのかもしれない。煌々と輝きながらホームにやってきた鹿児島本線の列車を迎えた時は、まさに地獄で仏に会った気分であった。

 おれんじ鉄道にしてもそうだったのだが、九州の各地を走る列車はどういうわけか洗練されたデザインだったり最近投入されたらしい新型車両だったりすることが多く、田舎びた侘しさは感じられない。中央線や高山本線などで目も当てられないようなみすぼらしい列車に行き当たったこともあるのだが、それらとは好対照だ。もっとも、小奇麗な様子が良く分かるのは内装ばかりで、自車の外装はもちろん、夜目には対向列車の見てくれもよくわからない。暗くて分からないと言えば、前々から気になっていた伊集院駅前にあるという島津義弘像もついに拝むことができないまま鹿児島中央駅へと着いた。

 この「鹿児島中央」駅は、古い資料を見ると「西鹿児島」駅となっている。駅名だけで言えば北にあるただの「鹿児島」駅のほうが鹿児島の玄関口のようにも見えるのだけれど、鹿児島駅は市街地の北の外れのようなところに位置しているようにも見える。鹿児島の町の成り立ちを観察していると、どうも元々「西鹿児島」の方が鹿児島の中枢たるに相応しい駅だったのが、新幹線の開通に合わせて駅舎も面目を一新し、その名も市内での実態に即して改めたものらしいような気がする。

 その鹿児島中央駅にたどり着いたのは20時前後のはずなのだが、地方都市ではこの時間になると人出もめっきり減ってしまう。鹿児島にしてもその例には漏れず、売店の多くが店じまいを済ませてしまった真新しい駅コンコースを出て、市街に面した階段を下りていく。鹿児島の街は、一部の飲食店街を除けば早明かりも落ち、通りを歩く人影もまばらになっていた。

 今日の宿は駅から至近のところにあるという「エクセルサウナ タイセイ」とすることに決めていた。事前にHPを見て割引券もプリントアウトしておくなど、準備万端遺漏なしである。あいにく地図までは用意してこなかったのだけれど、「鹿児島中央駅まで徒歩○分」とアクセス面での有利さを強調した広告を打ち出していただけあり、駅を出て少しうろうろしているだけですぐに見つかった。どうやら同じビルで同じ会社がホテルも経営しているらしく、地上部はホテルになっていた。サウナの方は地階で営業している。「地階で営業」という部分はそれまでさほど気にも止めていなかったので、いざ地下へと続く階段を目の前して一瞬ひるんでしまったが、よくよく考えてみればこの種のサウナは上階で営業していようが地下で営業していようがさほどの違いはない。広島のサウナでは盛り場の夜景を見ながら全裸でビル外面の螺旋階段(もちろん必要十分な目隠しはしてあったけど)を下る貴重な体験をしたことがあるが、それ以外ではたとえ地上階であっても窓一つないようなところばかりだった。

 どうせ他に泊まる当てもないので「ええい、ままよ」とばかり通りに面した階段を下りきり、フロントで割引券を渡す。これで一晩の「宿泊」料金はわずかに1500円となる。これは安い。同種の施設であっても一泊の相場は2000円から3000円ほどのはずだ。もっとも安いには安いなりの理由があって、この店には健康ランドのような変り種風呂はなく、ごく基本的なサウナと大浴場を備えているだけだ。また、睡眠をとることを前提にしたいわゆる「仮眠室」のような部屋もなく、設備面では非常にシンプルにまとまっている。

 ひとまず風呂に入った後、同じフロアにあるレストランで遅い夕食を摂る。レストランとは言うものの居酒屋と定食屋を折衷させたような趣の店だったが、事前に調べた範囲での評判はそれほど悪くなかった。実際に店に入ってみると、鹿児島の店らしく「手作りさつま揚げ」などと言うメニューもあり、これをオーダーすることは即決した。しかし、さつま揚げはあくまでおかずであって、ご飯物がない。揚げ物と組み合わせてもカロリー面で差し障りのなさそうな主食メニューを探すのだけれど、どうもこの店のメニューはこってり志向が強いらしく、思わしいカップリングが見当たらない。そうして優柔不断に考えあぐねているうちに店員から注文を聞かれてしまった。何をおいてもさつま揚げはすぐにオーダーしたのだが、ご飯物をどうするかの返答に窮し、勢いで親子丼を注文することに。まあ、カツ丼+さつま揚げのような脂っこいことこの上ない組み合わせになるよりはナンボかましだっただろう。そんないわくつきの親子丼は、味付けがやや濃い目なのは気になったが、決して悪い味ではなかった。味噌汁(名古屋住まいだと赤味噌が当たり前のように感じてしまうが、ここではもちろん白味噌である)も普通の味噌汁だ。少なくとも「安かろうまずかろう」式の味ではない。そんな中でも、少し遅れて出された「手作りさつま揚げ」が奮っていた。私は、さつま揚げと言えば「いかにも魚介の練り物、これぞ練り製品」と言う感じの食べものを予想していたのだけれど、この日に食べたものはつみれの揚げものという雰囲気でで、想像していたのとは食感がかなり異なった。できたてだったからなのだろうか。レモンか何かのような、ほのかに甘い柑橘系の風味がする。これは美味かった。

 明日は開聞岳登山でかなりのハイカロリーが必要となることが予想されるが、それにしても揚げたてさつま揚げ+親子丼という夕食はいかにも油ギッシュな気がしたので、食後にもう一度サウナに入り一汗流す。なんとなく脂っこい汗が流れたような心持になり、なんちゃってデトックスの風潮が高まったところで風呂をあがり、眠りについた。前述の通りこの店には純粋な仮眠室が存在しないので、リクライニングシートに体を預けながらテレビを見ることを主目的とした「リラックスルーム」で夜を明かすしかない。当然テレビの音など雑音も多く、眠りにつくにはあまり快適な環境ではないが、これまでのサウナ泊の経験を踏まえて今回から実用に踏み切った耳栓(外部からの騒音を遮断した仮眠室内でも、周囲で眠る人たちが発するいびきだけは各自で自衛するしかないのだ)を利用して騒音をしのぎきることに。この耳栓、メーカー品ながらやはり全ての音を防ぎきれるものではなかったが、それでも雑音の程度をかなり軽減する効果はあり、用意しただけの甲斐はあった。




時計仕掛けのおれんじ TOP 青く果てない空の片隅で








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